後編

「九十五階層ボスのミーネさんが、異動って・・・・。えっ、ホント!?」
 探索者ギルドに勤める職員が、素っ頓狂な声をあげた。同じくギルド職員である会話相手は、異動を通達する旨が書かれた紙をヒラヒラさせながら呆れたような声で返す。
「らしいわよ。しかも一階層」
「どんだけパワーバランス崩す気なのッ!? だいたいそんなのを認めちゃったら大変なことに・・・・」
「なるわねえ。でもミーネさん、このダンジョンで古参も古参でしょう? 先代の頃から幹部な上に、現御屋形様の教育係だったし、誰も逆らえないのよ・・・・」
「大人の事情ッ!?」
「長いモノには巻かれろってね、『世界蛇のダンジョン』だけに」
「誰が上手いこと言えと」
「ま、『仔兎』狩ったらさっさと引退するってさ。・・・・年増が恋愛拗らせると怖いわよねえ」
「聞かれたら殺されるわよ、私も同感だけど。・・・・あーあ、『仔兎』ちゃん可愛かったなあ。私、ちょっぴり狙ってたのにー」
「私もだよー」「ボクも・・・・」「私もですわ!」「あの半ズボンが」「エロい」
「どっから湧いたお前ら」
「まっ、それはいいとして。アンタ今日、宝箱設置担当じゃなかったっけ。のんびりしてて大丈夫なの?」
「あー、忘れてたッ! 行ってきます!」
 探索者ギルドの朝は、そうして慌ただしく過ぎていった。



 朝。僕は『衣服装飾店』の看板を前に苦悩していた。
 というのも、原因は昨日のことで、ミーネさんにどんな顔して会えばいいのかわからなかった。
 まあ深く考えないでいつも通りに行けばいいんだろうけど、昨日は突然僕が出ていったわけで、気を悪くしているかも、と思うと。
 うんうん唸りつつ、店からちょっと離れた道を往復する。行こう行こうと思っても、なかなか踏ん切りがつかなかった。
 ・・・・荷物の確認でもして、少し気を紛らわせよっかな。
 腰に掛けている鞄を広げて、中のアイテムを手早くチェックしていく。
 僕はスカウト系のジョブについているため、アイテムの充実は欠かせない。戦闘時には敵の攪乱や味方のサポートを中心に、探索時には奇襲や罠の警戒、罠解除など、スカウト系にとってやらなくてはいけない事は多く、特に戦闘面においてアイテムの重要性は非常に高いと言われている。
「ギルドカードよし、ポーションよし、各属性スクロールよし・・・・」
 といっても、低階層で魔法の込められたスクロールなどの高価なアイテムを使ってしまえば赤字確定である。そういった意味では僕にまだ必要はない物も多いが、備えがあるに越したことはない。死んでしまっては元も子もないのだから。
 荷物を確認、整理していくと、不思議と心が落ち着きを取り戻してくる。
 ――うん、行こう。
 ここでいつまでもグズグズしていることはできない。時は金なり、貧乏暇なしなのだ。

 いつも通りを意識しつつ、店内に入る。
「いらっしゃい、フェイ君。待ってたよ」
「お、おはようございます。ミーネさん」
 ミーネさんは、いつもと変わらぬ優しい笑みで迎えてくれた。当たり前だが昨日のことを気にしてる様子はなく、むしろ機嫌が良さそう。・・・・さっきまでうじうじ悩んでた僕が馬鹿みたいだ。
「フェイ君。これ外套」
 外套を広げて見せてくれる。外套は昨日破けたのが嘘のように、まるで新品なんじゃないかと見紛うくらいに完璧に直っていた。
「ありがとうございます」
 手を伸ばして受け取ろうとして、すかされる。
「私が付けてあげるね。背中向けてくれる?」
「え、でも・・・・」
「いいからいいから」
 そう言ってミーネさんはニコニコと笑いながら、戸惑う僕に外套を付けてくれる。
 何か良いことでもあったのだろうか?
「これからダンジョン?」
「はい、その予定です」
「そっか、頑張ってね。応援してるから」
「は、はい。行ってきます」
 誰にでも言っているだろう言葉でも、さっきまで憂鬱だったのに嬉しくなるんだから現金なものだ。
 先ほど外套を着させてもらったことも手伝って、照れて真っ赤になってるであろう顔が気恥ずかしく、少しでも見られないように足早に店内を出る。
「また後でね・・・・」
 何か呟くように言った彼女の言葉は、僕の耳には届かなかった。


 ミーネさんと僕は、普通に生きていれば接点すらなかったと思う。そもそものきっかけは、僕が間違えてあの店の扉を開いてしまったことだ。
 『衣服装飾店』はイシュルに数多く店舗が存在して、店舗毎に扱う物のグレードが変わってくる(これは武器屋や道具屋でも同じだ)。中でもミーネさんが担当する店舗は最高級品のみを取り扱ったところで、最低ランクの品でも金貨五枚は当たり前。万を越えると言われるほどの探索者が暮らすイシュルにおいて、利用できるのもほんの一握りだけだった。
 当時の僕はそれを知らず
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