僕は、幼い頃から勘だけは良かった。
嫌な感じがする場所に行くと、実際に嫌なことが起こる。行かなければ何も起こらず、後日代わりに誰かがそこで不幸な目にあったと聞いたり。
僕が孤児でありながら凄惨なスラムを一人で生き抜いて来れたのも、この直感のおかげなのだと思っている。
あれは雲ひとつ無い、空が良く晴れていた日のこと。
スラムの入り口より少し奥の開けた一角に、一台の馬車がやってきた。馬車を引いていた御者と、中から鎧を装備した護衛の女性二人が降りてきて、大声で説明し始める。
この馬車は迷宮都市イシュルへ向かう馬車であり、迷宮を探索する人を募集している。小さい子供であろうが誰でも構わない、行きの食料も保証する、と。
最初はみんながみんな警戒していて、建物の影から様子を伺っていた。やがて集団の荒くれ者が二人に襲い掛かったけれど、全員が一人の護衛に綺麗に叩きのめされ、御者に手足を縛られて馬車の中に押し込まれた。
それからある程度の時間が経って、護衛が暇そうにあくびをし始めた頃。おそるおそると、やせ細った子供が近づいていった。「僕でも大丈夫ですか」と聞かれた御者と護衛はにこりと笑って、積んであった食料袋から大きめのパンと水を取り出して子供に手渡す。子供は嬉しそうにもらって馬車に入っていった。
それを皮切りにして、様々な人が乗っていった。乗る人には必ず食料を与え、病気や怪我の人には御者が回復魔法をかける。どんな人でも、優しく笑って受け入れていた。
僕はその様子をじっと眺めていた。その馬車からはとても嫌な感じがしたからだ。
けれど、同時にチャンスだとも僕は思っていた。多少酷い目にあっても、この最低な生活から、何もない世界から抜け出せるなら。擦り切れるまで読んだ絵物語の世界に、一歩でも近づけるなら、と。
迷いに迷って、踏み出した一歩。それが過ぎると、あれだけ重かった身体は不思議と動いた。
ここで感じた嫌な予感は、街についてからもずっと僕の心の中にあったんだ。
ただ、それを僕が無視していただけで。
迷宮都市イシュルに存在する『世界蛇のダンジョン』。その一階層で味わった死への恐怖は、容易く僕の心を支配した。
『ユニークモンスター』と呼ばれる実力が桁違いのモンスターから追いかけられ、命辛々逃げ出せたのは良かったものの、僕はダンジョンに潜れなくなった。怖じ気付いて竦む足は、前のようには動かない。
何度自分を叱咤しても、恐怖を克服することは出来なかった。
そんな現状を鑑みて僕は、この迷宮都市イシュルを去ることに決めた。
ダンジョンに潜れなければ収入が得られない。浪費していく貯蓄だけでなく、泊まっている宿との契約もそろそろ切れる。
このままこの都市にいるくらいであれば、どこか他の場所へと行って、新たな生活を始めた方が良いような気がしたのだ。
だから僕は、僕のことを心配して訪ねてきた先輩探索者であるケイトさんに言った。
「ケイトさん」
僕の理想でもある、物語の主人公のような彼に言うのは、少し勇気が必要だったけれど。
「・・・・ん、なんだ?」
「僕、探索者をやめてこの街を去ろうと思います」
僕の言葉に返ってきたのは「そうか」という短い一言。
僕はてっきり、ケイトさんは失望した顔を見せて、さっさとどこかに行ってしまうのだろうと思っていた。彼は、こんな僕に期待を掛けてくれていた、数少ない人だったのだから。
しかしそんな僕の予想を裏切って、ケイトさんは僕の頭に、ポンッと手を置く。
「まぁでも、探索者をやめるのは明日以降にしとけ。・・・・今日くらいは先輩の俺に奢らせろよな」
ケイトさんの言葉が、僕の心の中に染み込んでいく。
ああ、この人は、どこまでも優しい人だ。本当に格好良い人だ。やっぱりこの人こそ、ミーネさんには相応しかった。心の底からそう思えた。
臆病者の僕には、どうやったって叶いっこない望みだったんだ。
多くの人が暮らすイシュルは、僕一人がいなくなったところで何も変わりはしない。そんな当たり前のことになぜかほっとする自分がいる。
僕が探索者をやめることを決めて数日が経った。旅支度も終わり、もうこの街ですることはなく、あとはさっさと出て行くだけだ。
「この宿ともお別れか・・・・」
なんだかんだいって、一年以上はお世話になった部屋を眺める。
まとめられた荷物は大した量ではない。嵩張って邪魔になりそうなものは既に売り払い、買い込んだ日保ちする食糧以外は、ちょっとした小物を鞄に詰めただけ。元々それほど物を置いていたわけではないけれど、見慣れた部屋に一切私物がなくなれば、なんだか不思議な気分になった。
最後に、壁に掛けられた外套に目を向ける。それは、モンスターに襲われ
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