第七話 敗北の先にあるもの

 迷宮都市イシュルは、表向き反魔物領に属する都市だ。人間は迷宮で得られる富、名誉、美女などを求めて、今日もまたダンジョンに潜る。

 しかし都市の実体は、おいしい『餌』に釣られてきた人間をおいしくゲットするために作られた魔物娘が管理する檻のようなものだった。魔物娘は夫となる人間をゲットするため、人間にとっての『餌』である金をダンジョン運営へと支払い、今日もまたダンジョンに潜る。
 
 ただし迷宮主にとって、ダンジョンは自身の夫となる英雄の卵を育成するという意味合いも持っていた。英雄がいないなら自分で育てればいいじゃない!とは先代である母の言葉であり、ダンジョンがいささか魔物娘側に厳しくなっている原因でもある。

 とまぁ、そんな色々な都合が上手く絡まりあって、今日も都市は順調に回っていた。

 
 
 都市の西半分に位置する魔物娘エリアのさらに西端。都市中心のダンジョンからはかなり遠い上に、部屋の広さも微妙そのもの、しかし値段はめっぽう安い。そんな宿こそ、インプのシイが拠点にしている場所だ。

 季節は冬、そろそろ迷宮都市にも本格的に雪が降る頃だろうか。ベッドに仰向けで寝ていたシイは、掛かっている毛布から足がはみ出ていたせいで、ひんやりとした寒さに目を覚ました。

「うゆゆ・・・・」

 静けさの残る朝だ。いつものシイであればダンジョンに潜ると決めたとき以外は惰眠を貪り、二度寝、はたまた三度寝なんかも珍しくはない。

「よし、・・・・寝よー」
 ちょうど今日も何も予定はなかったので、シイはやはりグダグダと眠り続けることに決めた。毛布を掛けなおして、眠りの世界へとまた向かう。
 この先はダメインプまっしぐらの沼だ。シイはもうそれに肩まで浸かっており、徐々に頭まで飲み込まれていくのだった。


「んう?」
 気がつくとシイの目の前には、男女の交わりを暗喩した意匠の巨大な門があった。旧時代のドラゴンすら飲み込んでしまうほどの大きさだ。
 やがてその門が鈍い音を立ててゆっくりと開き、シイは何かに導かれるように先へと進んでしまう。
 それが、万魔殿に続く堕落の門だとは知らずに・・・・。

「ふふ、また快楽に溺れた夫婦が来たのね。私は案内役の・・・・、え・・・・あの、何で一匹で万魔殿に?」
「知らないけど、宿で寝てたらここに」
「あ、ここ快楽以外での堕落とか受け付けてないんで・・・・」
 そうしてシイは身体を押され、門に引き返して帰るのだった!


「・・・・ぉー! ・・・・のー!」
 どかどかと宿の階段を慌ただしく駆け上がる、耳障りな喧しい音が聞こえる。安眠を妨害されたシイは、小さな苛立ちから声を出した。
「も〜、うるさいなぁ〜」
 シイはゆっくりと重い瞼を開き、そのまま上半身を起こす。初めて泊まったときから何も変わらぬ見慣れた宿の内装が、大きな金色の瞳に映った。

「シイ殿ーっ!」
 シイは、ふわぁあと小さく欠伸をした後、勢いよく扉を開けて部屋に入ってきた少女に寝ぼけ眼を向ける。どうやら音の正体は、見知った仲間によるものであったらしい。

 サラマンダーのキサラは、つい最近シイのパーティーメンバーに加入した魔物娘だ。

 父親譲りだと自慢する漆黒の髪が、窓から入る陽光を反射してキラキラと輝き、寝起きなシイの網膜を軽く炙る。リャナンシーが作った彫刻のように綺麗に整った顔には、にんまりとした笑みが浮かんでいた。

 彼女がシイの部屋にくるのは、そう珍しいことではない。
 というのもキサラは、パーティー結成当日の夜に、パーティーは同じ釜の飯を食えば早く上手くいくようになる!と、シイにはよくわからない理論で宿を合わせてきた。それ以来、頻繁に用事を携えてシイの部屋にくるようになったのだ。

 ただその用事というのも、今から一緒にトレーニングしないか? といった思わずげんなりしてしまう誘いばかり。脳が筋肉で出来ているタイプの魔物娘ではないシイは、毎回キサラの誘いをのらりくらりと躱していた。

「キサラ、どうしたの? 何かあった?」

 今日のキサラは普段とは違い、どこか浮き足立っているようだ。トレーニングの後にそのまま来たのか肌にはうっすらと汗の玉が浮かび上がっており、それが健康的な肢体と相まって無自覚な色気を醸し出している。
 そんなキサラの手にはいつもは持たない紙の束がしっかりと握られていて、丸まっていたそれをささっと広げると、シイに有無を言わさず押しつけてきた。

「シイ殿、この『日刊イシュル』を見てくれ!」
「んー?」
 シイは、あまり文字読むの得意じゃないんだけどなーと思いながら、押しつけられた紙束に目を向ける。
 紙面にはでっかく『主神教団、今冬も遠征決定!!』と書かれていた。驚くことに、その十数文字だけで一面がほとんど埋まっている。
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