番外編 ありえたかもしれない未来

 ふと気がつくと、僕は必死に逃げていた。
 広いダンジョンをひた走る。僕を追ってきている何かに捕まらないように、少しでも速く先を急いだ。
 けれど、逃げても、・・・・逃げても。ダンジョンの出口がやけに遠くて、いつまでたっても辿り着くことができない。時折身体を掠める糸は、どこまでも僕を追い続ける。
 やがて背中に糸が張り付き、僕は一歩も動けなくなった。くすくす、という笑い声が背後から徐々に近づいてくる。
 おそるおそる振り向くと、異形の怪物が大口を開けて僕に迫っていて――

「あぁあああッーーー!!!」

 身体にかかっていた毛布をはね飛ばして、僕はベッドから起きあがっていた。冷や汗が頬を伝い、寝間着の服に滴り落ちていく。身体がぶるぶると震え、歯が上手く噛み合わずにカチカチと音を立てた。

「ぁ・・・・、っ・・・・はぁ。夢、か・・・・」

 度々見る悪夢。それは僕が初めて命の危険を感じた、ダンジョン一階層での逃亡戦。
 ・・・・今でも鮮明に思い出すことが出来る。余裕をもって避けたはずの糸が背中に張り付き、何か一つでも事を間違えれば絶体絶命の窮地に陥ってしまったことを。

 あのとき、僕は背中に張り付いた糸を焼こうとはせずに、大事な外套を諦めて脱ぎ捨て、ダンジョンからの脱出を最優先した。
 その選択が正しかったかは今もわからない。もしかしたら外套を諦める必要はなかったのかもしれない。

 ただ、僕の直感はいつだって正しかった。今までのダンジョン探索、ダンジョンの異変や、帰還ルート選び、逃げの攻防まで、全てにおいて。
 だからこそ僕は、躊躇いを切り捨てて大事な外套を脱ぎ、何故か服にまで張り付くそれを、中の服をナイフで破くことによって捨て、命辛々ダンジョンから脱出したのだ。

 後に探索者ギルドは、一階層に『ユニークモンスター』が出現したと発表した。『ユニークモンスター』とは階層に出てくる通常モンスターの強さを遙かに上回る存在であり、探索者には死神と称され恐れられている。
 一階層で出ることはないと言われている『ユニークモンスター』だけに、探索者の間では動揺が広がった。それほどまでに大きな事件だった。

 幸いなのが、『ユニークモンスター』は一定期間でいなくなるらしい。また、万が一に備えて討伐隊を募るのだという。探索者ギルドとしても、新人が通る道をそのままにしておけないのだろう。
 それからほどなくして『ユニークモンスター』の討伐完了の旨が発表され、徐々にではあるけど一階層はまた以前のような活気を取り戻した。

 けれど僕は、・・・・以前と変わりない、というわけにはいかなくて。

 あれから三ヶ月が経った今も、たまにこうしてあの日の夢を見る。夢なのに妙にリアルで、あのとき感じた恐怖がそのまま僕を襲ってくるのだ。

「はぁ、身体中汗べったりだよ・・・・」

 どれだけ恐がりなんだ僕は。所詮、夢は夢でしかないってのに。
 ・・・・ともあれ、このままではいられない。
 宿の人に身体を拭くための布と水桶を借り受けるために、僕は寝間着のまま部屋を後にした。


 ・・・・
 ・・・・・・・・
「もう、寝ているのに隙なさすぎ。今日もほんのちょっとしかペロペロできなかった・・・・。いや、隙ありすぎだとさすがに我慢がきかなくなるから逆にいいのかしら」
「あの、ミーネさん。彼の寝床に忍び込むのそろそろやめてもらえませんか?」
「・・・・別に毎晩じゃないからいいでしょう?」
「いや、他のみんなからもズルいって苦情がきてて!」
「あ゛? 他のみんなって誰よ?」
「わ、私じゃないですよ! いやー、ほんと誰なんでしょうねー。あははは・・・・」
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・
 


「・・・・よし、準備終わり!」
 手早くダンジョンに潜る準備を済ませたあと、壁に掛けていた外套を羽織って僕は宿を出た。

 多くの人が暮らす迷宮都市イシュル。『世界蛇のダンジョン』を中心に築かれた都市は、冬の季節でも往来に人が絶えることはなく、暮らしている人も様々だ。

 たとえば、農家の次男以下。
 冬は農作業もすることがない。元から邪魔扱いされやすい彼らがイシュルに出稼ぎにきて、何割かはそのまま定住するのだとか。ただ農家に限らず、稼ぎが少なくなりやすい季節だけ本業を停止して、イシュルに出稼ぎに来る人もいるらしい。

 たとえば、流民。
 主に、住んでいる領の税が高すぎて逃げてきた人々などだろうか。イシュルの税は年一回の人頭税のみで、値段も安い上に借金がきく。ちなみに商売人はまた別の税が課せられるらしいが、僕には詳しくはわからない。

 たとえば、スラムの住人。
 探索者ギルドの人間がイシュルにほど近い国や町村を周り、物乞いや孤児などを馬車に乗せて連れ帰る。多額の金を積んでい
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