「何よこれ! 何なの!?」
一匹の魔物娘が逃げていた。
後ろからは魔物娘の後を追ってくる複数の人間。そのいずれもが武装をしており、仮に魔物娘が一匹で立ち向かったとしても勝てる見込みは非常に薄い。
「どうしてこんなことに・・・・」
魔物娘は汗水垂らして逃げながらも、こうなった原因を探るように記憶を反芻し始めた。
迷宮都市イシュル。世界でも屈指の最高難易度である『世界蛇のダンジョン』を囲むように作られたその都市は、ダンジョンから産出される物により経済が成り立っているとされる反魔物領に属する独立都市だ。
イシュルには夢物語が溢れていた。貴重なアイテムを発見して一晩で大金持ちになったという話や、強力な武具を手に入れて世に名を馳せた話、誰もが羨むほどの絶世の美女と結婚した話等々、華美な噂には事欠かない。人間達は自分がその夢物語の主人公になるべく、今日もまたダンジョンへと足を運ぶのである。
しかしその都市の実体は、強い夫を求めている魔物娘や、力ずくで人間をモノにしたい魔物娘、よくわかんないけど良い噂を聞いたから来た魔物娘などで賑わう、魔物娘の魔物娘による魔物娘のための婚活都市であった!
つまり、人間達は騙されているといえば騙されている――のではあるが、別に人間に喧伝されている噂が間違っているわけではなかった。ダンジョンにある貴重なアイテムは魔物娘達が費用負担しているし、強力な武具は人の間では流通しにくいサイクロプスが作ったもの。・・・・絶世の美女は魔物娘だったりするのであるが決して嘘ではないのだ!
そんなイシュルのちょうど真ん中にそびえ立つ、都市全体を見下ろすかのように大きな塔の内部には、ダンジョンギルドと呼ばれる組織が存在する。ダンジョンや都市を円滑に運用するために作られた組織であり、人や魔物娘が多く住むイシュルにとってなくてはならないものだ。
「え・・・・、ソロでダンジョンに行くのですか?」
「うん」
「四階層で?」
「うん」
件のダンジョンギルドにて、受付と相対する一匹の魔物娘。その姿は飄々としており、これからダンジョンに潜るものが発する雰囲気とは思えない。よほど自分の実力に自信があるのか、あるいは――
「わ、わかりました、それじゃオプションは何を?」
「大丈夫、問題ない」
そう短く告げて鼻歌を歌いながらダンジョンへと降りていくインプを、ギルドの受付は苦笑いで見送ることしか出来なかった。
「いったいどこに問題があったのかさっぱりわからない。なんで?」
思い返してみても、自分の行動はいつも通りだった。だというのに今日のダンジョンはおかしい。
今日はやけに、いつもより強そうな人間がいるなあ、と感じ、一人でいる人間全然見ないなあ、と自分のターゲットを探すも成果ゼロ。さらには道中、好戦的な人間に襲われたため尻尾を巻いて逃げているのだ。
インプの少女シイは、いつもとは違うダンジョンに頭を悩ませつつ、広いダンジョンを駆けていた。
まあ、本当にいつもとは違うのだが、シイはまだ気づいていない。
シイが前までいた一階層と、今回潜った四階層には雲泥の差があるといっていい。ソロの探索者は一階層に比べて激減し、パーティーを組む探索者がほとんど。それも一階層のような前衛ばかりの寄せ集め構成ではなく、味方を守る壁(タンク)、火力を担う魔術師(マジシャン)、周囲の警戒を行う斥候(スカウト)などを含むバランスの良いパーティーで構成され、隙を突くのも難しくなる。
当然、魔物娘側もソロで潜るのは無謀となってくる。人間を手に入れるためにどうすればいいのか策を練り、パーティーを集い、オプションに頼り、時には運に身を任せて、やっとその手に勝利を掴むことが出来るのだ。
「ととっ!」
後ろをちらりと見ると、どうやら上手く撒けたようで人間達はいなかった。思い返せばイシュルに来てから逃げてばかりのシイには、結構な脚力がついたのかもしれない。
「はぁ、つかれた〜」
ちょうどよさそうな岩場に腰を下ろし、走り疲れた足を休めるために休息をとる。
「何なの、もう! 一人でいる人間も弱い人間も全然いないし!」
ぷりぷり怒るシイが運悪く次の人間パーティーに見つかって、ダンジョンから都市に逃げ帰るのはそれから数分後のことで。
「『なんてぷりてぃーな魔物なんだ! 抱いてくれ!』『えー、もう・・・・。仕方ないなあ、いいよ(はあと)』なーんちゃって! なーんちゃって! むふふ〜」
もちろん、いつの間にか怒りを忘れ妄想が捗っている今のシイには、それを知る由もなかった。
都市の上空では太陽が、都市そのものを活気づけるように燦々と輝いている。でも、その太陽を煩わしく感じるのはヴァンパイアに限った話ではなく、
「うぅぅ・・・・」
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