迷宮都市イシュルの西側、魔物娘が住まうエリアの中心街にある武器屋の扉が勢い良く開かれた。
扉を開いたのはインプの少女、シイ。短い蒼紫の髪に金色の瞳を持つ可愛らしい顔立ちをした小悪魔は、普段の明るい雰囲気が嘘のように、どんよりとした暗い表情を浮かべていた。
シイはズカズカと店内に入ると、店番オークへの挨拶もそこそこに店のカウンターに突っ伏した。頭頂部にあるアホ毛が、ぺったりとしなってくよくよしている。
「おーい、どうした。いつになく暗いわね」
そんなシイに、そろそろ顔なじみといってもよい店番オークが声をかける。対してシイは顔を上げることもせずに、陰鬱な溜息を返した。
「暗くもなるよお、未だに旦那様手に入らないしさあ・・・・」
うじうじしている頭で思い返すのは、後輩だったホルスタウロスの少女のこと。可愛い旦那様を連れて満面の笑みで都市を去っていった彼女を思い出すと、シイの心にもやもやとした感情が芽生えるのだ。
過去三回経験したダンジョンの中でも、一番おしいといえた先日のこと。何か少しでも違う選択を行っていれば、都市を去っていたのは自分だったのかもしれないだけに、ショックの度合いは大きかった。
「あんまり気になさらんな。だいたい、あんたまだダンジョン三回しか入ってないんでしょ? 私なんてかれこれ合計二十六回も入ってるのに、旦那ゲット出来てないっつの」
「ううぅ。でもでも、今持ってるお金じゃ、あと一回しか入れないんだよ」
「ああ、そりゃ残念ね。働け」
「いやだぁ。働きたくない〜。いちゃいちゃしたい〜」
「だめだこいつ・・・・」
呆れた声を上げる店番オーク。働きたくないと連呼するシイを見つめる目が哀れみに満ちているが、シイがそれに気づくことはない。
「うう〜、なんかこう、パパッと解決するよーな素敵な提案ない?」
シイは顔を上げ、上目遣いでオークを見る。
「・・・・あるわけないでしょ。あったら私が使ってるっての」
「だよねー、はぁ・・・・」
せっかく上がった顔も、またカウンターとにらめっこを始めることになる。
いくら今は他に客がいないといっても、邪魔であることには変わりない。溜息吐きたいのはこっちだよと思いながらも、店番オークの脳裏にある考えが浮かんだ。
「んー、でもちょっと待てよ。・・・・あるっちゃあるか」
「ホント!?」
がばっと起きあがったシイの瞳がキラキラと輝く。
「そうね。理論上はおそらく大丈夫よ。ただし・・・・」
「ただし?」
「教える代わりに、コレ買ってけ」
シイの前に差し出されたのは、在庫処分品と書かれた低レベルの魔物娘御用達の『初級罠キット』であった。
翌朝。意気揚々とダンジョンに臨むシイの手には、いつもは持たない袋があった。袋の大きさは人間が入るくらい大きい上に分厚く、ギルドの受付は訝しげな目でそれを見ていた。
「いちおう、中身を確認させてもらいます」
中を見たギルド受付は、首を傾げた。中に入ってた物に、ここまで大きな袋は必要ないと思ったからだ。
「もう、行っていい?」
「はい、どうぞ」
といっても規則違反をしているわけではないので、ギルド受付が止めることはない。シイがダンジョンへと入って見えなくなるまで、その肩に担がれた大袋を不思議そうにギルド受付は見つめていた。そこに先輩ギルド員が声をかけてくる。
「新入り、あの袋が気になる?」
「はい・・・・。中に入ってた物と大きさの釣り合いが取れていませんし、ダンジョンの中の物を採取して持ってこようとしてもギルドに没収されますし、気絶した人間を運ぶにしたって微妙ですし」
「そうじゃないよ、あれはねー・・・・」
シイはダンジョンに降り立つ。これでもう四回目となるからか、ダンジョンの雰囲気にも少しは慣れた。
シイはしばらく歩いて、持ってきた罠を仕掛けるのにちょうど良さそうな場所を探す。
今回、ソロでダンジョンに潜ったシイは、複数を相手取ることはしないと心に誓っていた。先日にホルスタウロスの後輩が手に入れた人間は、自分だけでも余裕で捕まえられそうだった。つまり数は少なかれど、チョロい人間も確実に存在するのである。
そういった人間に狙いを定めて、罠を使いつつ追いつめる。とりあえずシイはそんな方針を立てていた。
「っと、ここが良さそう」
隠れる場所もあり、罠もバレにくい気がする。
大袋から取り出したのは、昨日武器屋から宿に帰って組み立てた初級罠キット。苦心しながら三時間かけて作った自信作である。
「ここに、設置して・・・・っと」
重量反応型の魔力罠であり、踏むと魔界銀製のハサミが足に噛みつく。効果範囲は小さいものの、動力が魔力であるこの罠は完全に地面に埋まるため、魔力探知が出来なければ気づくことはまず不可能といっていい。
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