序章 〜旅立ち

「ほう、ここがクロームタウンか。」

船に揺られること32日、俺はジパングのコジョウからやってきた。この街クロームタウンと俺の故都コジョウはこの度姉妹都市になり、都市交流の一環として、この街最大の道場に俺は師範代として招かれることになった。船には他にも故郷から派遣された使節団がゾロゾロといるが、俺にとっては重要なことではない。
俺には父祖伝来の腰の一剣「カネサダ」と、遠くコジョウの地にて待つ染射羅様への想いがあるのみ。


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去年父上が亡くなったからというわけではないが、俺は故郷から離れたいと思っていた。身寄りが誰もいなくなった今、自分の力を別天地で試してみたかった。父上から受け継いだ道場を閉め、一人荒行に勤しんでいた折、今回の交流使節団の話が俺に持ちかけられた。それが何と領主様直々にだ。さすがに驚いた。以前に街に乱入してきた盗賊を一人で退治したのがお耳に入ったらしい。俺は使者からその話を聞き、即決で受けた。そして、館に呼ばれ、領主様直々にお言葉を頂いたのが出発の前夜だった。


「ほう、そなたが噂に名高い渡来一心斎の倅、一紗であるか。面を上げるがよい。」

なんと遥かな上座から降ってきた声は、美しい女性の声だった。確か領主様は佐川太郎右衛門ナントカという名前だったから、てっきり厳つい男だと思っていた。
後から知ったことだが、いつの間にやら代変わりしていたらしい。先代様は子宝に恵まれず一女のみであった。が、先代様の鶴の一声で、異例ながら女性の身で今の領主様が継がれた。領民のほとんどは知っていたようだが、ずっと山に籠り修行に励んでいた俺は全く知らなかった。そしてもっと驚いたのは、そっと顔を上げた瞬間にはもう目の前に領主様のご尊顔が近づいていたのだ。

「楽にせよ。もそっとそちの顔を見せい。」

そう言うと、領主様はじっと俺の顔を覗きこんだ。美しかった。その妖艶な美貌は、20歳の俺よりもずっと年上に見えた。が、実際は17歳だったらしい。とにかくこんな美しい人は見たことがない。甘い吐息が顔に触れ、心が乱されそうになった。

(いかん。領主様の御前である。無心....。)

心が湖面のように穏やかになる。父上の教えに間違い等は無いのだ。

「ほう。」

と感心したような顔で、領主様は顔を遠ざけ、少し離れて着座された。

「なかなかの男よ。盗賊を退治したと聞くに、鬼神のような男かと思うたが、涼しげで女子のような顔をしておる。が、性根は鋼のごとく強靭。そなたの父、一心斎は立派な男であったようだな。」

「はっ。あ、ありがたきお言葉。恐悦至極....。」

そのようなお言葉を頂けると予想だにしていなかった俺は、俺などよりも亡き父上を褒めて下さったことに胸が熱くなった。

「一心斎にも会うてみたかったのう。そなたをここまで育て上げた男じゃ、素晴らしき父であったろう?」

「は、はっ。誠に...誠にわが父は...。」

単純な俺は、一気に噴き出した涙と嗚咽に言葉を続けることができなかった。

「ふふ。そうであったろう。」

慈母のような笑みを見せた領主様は、何と直々に懐紙で俺の涙を拭ってくれた。あり得ないほどの御好意と厚遇に、俺の心は打ち震えた。

(このお方のためならば)

という思いが俺の心を満たした。が、続く言葉は意外なものだった。

「のう一紗よ。渡海の一件、考え直さぬか?」

「...と、申されますると?」

俺は困惑した。この一件は、領主様直々の御依頼ではなかったか。

「正直言ってのう。そなたが惜しくなったのじゃ。どうじゃ、佐川家の剣術指南となり、常に傍に居ってはくれぬかの?」

いつの間にか俺の側近くに来られていた領主様は、その白く美しい手をそっと俺の手に重ねられた。

「こ...このような。畏れ多うございまする。」

驚いた俺が周りを見回すと、なんと謁見の間には俺たち二人以外は誰もいなくなっていた。どういうことだ。武道の達人としての自負がある俺が、人の出入りにも気付かないとは?消えたとでも言うのだろうか。しかしそんな疑問よりも、今はこの場をどう対応するかだ。

「どうじゃ、一紗。」

領主様は俺に添えられた手に少し力を込めた。すると、電流のような快感が体を流れ、俺は恍惚とした気分になってしまった。

「のう一紗、妾の傍に仕えてくりゃれ。」

艶やかな黒髪が顔に垂れ、気のせいかその瞳が金色に輝いているような...。このお方の傍近くでお仕えすれば、いったいどんな....。


--いかん!俺には父上からの教えがある。領主様といえど...。

無心になるのだ一紗......。
無心...。
無心...。



よし!

「過分なお言葉ながら、一紗はまだ若輩未熟。領主様のお傍でお仕えするなどあま
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