ハイデン城の王居。その広大な居住エリアの一室が女王アリシアの寝所である。
豪奢な寝室のベッドの上、扇情的なネグリジェに身を包んだアリシアは一人思索に耽っていた。
(ユリアン・ウッズ少将か...)
5年前に催眠を施した際、記憶の改竄と共に恐怖やトラウマも取り除いてやったと思っていたが、人間の心理構造というものはよほど複雑なものであるようだ。
(それもそうだったのだろう。人の心というものを私は理解していなかった。いや、今もそうかもしれない)
催眠治療を施した後、身分の隔絶や女王としての公務多忙もあり、ユリアンと会話を交わしたのは数えるほどもなかった。
だがそんなことは言い訳にはならない。国のためとはいえ、ギブンズ砦を利用したのは国家元首である彼女なのである。
彼女はどこにでもいる厚顔無恥な貴族ではなく、鋭い洞察力と判断力を持った十分に賢人と云える人物であったが、それでもやはり女王としての立場以外で相手を考えたことがなかったかもしれない。人間と魔物達が共存できる楽園の建国を目指し、革命政治家から為政者として活動してきたこの十数年は特にだ。
(私が理想と情を失ってしまったのか、それとも現実との闘いが私の心から瑞々しさを失わせたのか)
彼女の血族は数多いが、そのほとんどの娘達は魔物らしく男性に対する貪婪な欲求と執着を持っている。アリシアは奔放な彼女達を一族としての意識に欠けると苦々しく思うことがあったが、それは自分の勘違いではなかったのではないか。
(むしろ深沼のような性の交歓への沈湎こそ、我ら魔物にとって最も相応しいのかもしれない)
それが人間にとっての、魔物という美しく蠱惑的な者達に対しての一般的な印象であるだろう。もちろん、魔物を極端に嫌う排斥主義者達は別であるが。
(しかし)
思案を巡らせつつ、アリシアは彼女らしい結論に落ち着く。
(他はどうであれ、私は変わることはない。私がこの国の繁栄に全てを捧げなければ、誰がこの魔物達と人間の国の安寧を守るというのか)
少し退屈な注釈になるが、彼女を弁護するとすれば、理想や情だけでは国や組織を運営することはできないのである。国家運営には数えきれない程の面倒な障害があり、加えて組織では利害と感情が混ざった複雑奇怪な人間関係が構成され、さらにそこに外部から理解のない有力者が必ず介入してくる。業腹なことに、それらの人間達の協力なしには国という巨大な機構を運営していくことはできないのだ。
それ故に、革命家達は数々の妥協と失望を繰り返してゆくことになるのである。
私達が知る高名な革命家達もそうであるが、現実の厚い壁に絶望し自ら命を断つ者、縦横の機略を持つがその苛烈な行動故に反対派に暗殺される者、革命後の卑俗化した同志や組織に失望して世を捨てる、もしくは第二の革命を目指し反乱を起こす者。そして、アリシアのように現実と理想との闘いの中で徐々に革命家から治国者・調整家へ巧みに変化してゆく者。この型のみが為政者としての命脈を保っていくことができるのである。この種の革命家はそう多くはない。
(思えば革命の業火から生き残った同志はもう数えるほどしか残っていない。・・・ゲオルグ、君は今何をしているのか。)
「ゲオルグ・マローン...」
ぽつり、袂を分かったかつての想い人の名を口にした。途端に長年忘れていた甘酸っぱい感覚が胸を突き上げてきた。
(いけない、昼の出来事が尾を引いている。慎まねばならない、慎まねば)
頭を振ってため息を付き、アリシアはいつもの冷徹な為政者の顔に戻ろうとした。
「女王陛下、お休みのところ大変失礼致します。ロンダ・クリストフ中将がお目通りを願い出ております。火急とのことでございますので、御取次ぎ致しました。」
侍女長のダークプリースト、セリーンがドアの外から取り次いだ。
(やはり来たか)
女王は溜め息をついた。
ロンダの用は明白である。ユリアンの結婚についてであろう。
(わたくしも彼がロンダを娶ることを望んではいたが)
今日の昼食会でユリアンのあまりに深い心の闇と、イザベラへの愛を知った。加えてギブンズ砦の件は彼を犠牲にしたアリシアの泣き処である。
「陛下?」
「起きています。通してやりなさい」
女王として、そして育ての親としてロンダを説き伏せねばならない。ユリアンにはもう安息のみを与えるべきだろう。
やがて扉が開き、長靴の音を響かせてロンダが入室し跪いた。
「ロンダ・クリストフ陸軍中将、罷り越しました。夜分のご無礼をお許しくださいますよう」
「うむ」
「このクリストフ、誠に僭越ながら、どうしても陛下にお伺いしたい儀がございます」
アリシアはロンダの異常な緊張を見て取った。
「セリーン、下がりなさい。私がよい
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