その日、娼婦イザベルは場違いな客に出会った。
連れてきたのは、アルフレッド・シーゲルという軽い男だ。いかにも遊び慣れているといった感じのチャラチャラした男で、近衛師団兵だと嘯いているが信じられない。今日も居並ぶ娼婦たちをにやにやと見ている。この男はどうでもよかったが、その連れからイザベルは目を離せなかった。
少年である。いや、青年かもしれない。童臭の残るあどけない顔立ち。16,7歳ぐらいだろうか。大きな手と発達した筋骨が、粗末な木綿の服の下に鋼のような肉体を想像させ、顔に比べて妙にアンバランスだ。ここは娼館だというのに、興奮も緊張もないのか、ぼんやりと視線を漂わせている。ここがどういうところかも分かっていないような表情である。
好みの女はいるか、とアルフレッドは少年に囁いた。大方、女を知らない少年に筆下ろしでもさせてやろうというのだろう。
(下らないね)
三十路をとうに過ぎ、娼婦生活に飽いたイザベルはそう思いながらも、なぜかこの少年に興味を持ってしまっていた。しかし、この娼館には彼女より若く魅力的な女は何人もいる。自分には縁がないだろうと、ふいっと少年を視界の外へ消してしまおうとした時、彼女は感じた。
こちらを見つめる気配。
あの少年からの視線である。
(まさか)
と思ったが、その視線は固定されている。少年はじっとイザベルを見つめていた。
その視線の先に気付いたアルフレッドは、やれやれイザベルかよ、と頭を掻いた。
イザベルの評判は無愛想、無口、不感症と散々なものだ。
全くの余計なお世話である。
すると意外なことに、アルフレッドは彼女が初めて見る真面目な表情をし、小さくイザベルを手招きした。
怪訝に思いながらも近づくと、彼はここだけの話だがな、という前置きをして耳打ちをした。
その内容にイザベルは驚いた。少年は、今巷で大評判になっているギブンズ砦攻防戦の唯一の生き残りであり、女王陛下から直々に勲章を下賜された英雄だという。
(へえ、この坊やがね)
話しに聞くギブンズ砦攻防戦とは、砦の守備兵が少年一人を残し全員が戦死するという酷烈な防衛戦であったという。その少年も惨烈な戦闘を体験したせいか感情の起伏をなくし、言葉も満足に話せなくなっているらしい。どころか、酷い悪夢にうなされるらしく、眠ることを恐れ、睡眠を殆ど取らないらしい。
「で、このアルフレッド様が女の温もりを教えてやろうと思ったのさ。」
にやりと笑う。だが男の目は笑ってはいなかった。
「何とかしてやってくれよ、頼む。」
ぐっとイザベルの肩に手を置き、明日の朝迎えに来るから、と女達に手を振って帰って行った。その時、男の目には涙が光っていた。後から聞いた話だが、アルフレッドはギブンズ砦救援部隊の一員であり、現場のあまりの凄惨さに嘔吐するほどであったという。
(人助け、って柄じゃないけど)
最初から彼女は少年に惹かれたのかもしれない。この少年のことをもっと知りたいと思った。
「おいで」
イザベルが手招きすると、少年は一歩進み、不思議そうな目でイザベルを見つめた。
(埒が明かないね)
「こっちだよ。」
イザベルは少年の手を優しく引き、階段を上がって自分の部屋に連れ込んだ。
「ここに座りな。」
少年は従順にベッドの端に座った。さてどうしようかとイザベルは考える。
アルフレッドの言い草から察すると、童貞を捨てさせるためにここへ連れてきたわけではなく、人の温もりを味わって欲しいのだろう。
(本当に柄じゃないね)
と思いつつ、この傷ついているらしい英雄を慰めてみようと決心した。
「ほら、来なよ。」
ちょっと強引に少年をベッドの中に引き入れ、優しく抱きしめてやった。
「眠るのさ。」
「・・・・。」
相変わらず少年は喋らず、ただその身を固くした。
「大丈夫。怖くなってもアタシがついてるよ。」
イザベルは自分自身に驚いた。こんな優しい言葉が口から飛び出したのは一体何年ぶりだろうか。
「力を抜いて。アタシはイザベル。あんたとここにいるよ。」
驚きながらも、すらすらと言葉が出た。
自分にもこんな一面があるのか、とイザベルは徐々に冷静な気持になってきた。
やがてどれくらい時間が経ったのか、少年の肩から力が抜けた。相変わらず喋りはしないが、警戒心が薄らいできたのだろう。
イザベルは自分の遠い記憶から掘り起こした子守唄を唄ってやったり、背中を擦ってやったりした。
やがて、小さな寝息が聞こえてきた。少年は静かに眠っていた。
(何だ、案外簡単に寝てくれるじゃないか)
少し拍子抜けした気持になったが、すぐにそれが間違いだったと思い知らされた。
10分も経たぬ間に少年は目を覚ました。それにイザベルが気づいたのは、少年がガタガタと震えだ
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