第九章 〜獄竜召喚

「ゾイラちゃん、ちょっと良いかしら?」

一紗への長い長い説教が終わった後、染射羅が控室で一紗と二人だけの時間を楽しんでいるところへ、叔母であるハーモン州領主ニーナが気軽な表情で顔を出した。

「今でございますか?」

染射羅は露骨に嫌な顔をした。初めて一紗の危機を目の当たりにし、大いに取り乱した今日、片時も一紗と離れたくはない。それに加えて、染射羅は情よりも政を優先するニーナを血族の一員として尊敬はしていたが、同じ女としては好きではなかった。


今日の闘技会は例の決闘騒ぎで中止となり、後日改めて後半戦が開催されることが三州の連名で発表された。武神館の面々は先ほど馬車で送られて帰っていったが、晩餐会に参加する予定の染射羅と一紗だけは残ることになった。一紗の身を案じたクリスが出席したがっていたが、町道場の娘が出られるような席ではないため、沈んだ表情のままユライアに宥められて帰っていった。


「すぐに終わるからちょっとお願い。あ、カズサちゃんはマリーの相手をお願いできるかしら。」

「はっ。承知仕りました。」

「お兄ちゃん。遊ぼっ!」

ニーナの後ろからひょっこりと顔を出したマリー。染射羅は不快な表情を隠さない。淫魔は無邪気な子供ほど恐ろしいものだ。善悪もなく餌食になった男を吸い殺してしまうことがある。

「一紗、すぐに戻るゆえ待っておれ。マリー、一紗に指一本でも触れたら木っ端微塵にしてくれるぞ….。」

染射羅の目は本気だ。叔母の前であるというのに、発言に全く遠慮がない。ニーナは、染射羅の一紗に対する執着に異常なものを感じた。

「ちょっ....何よ恐いわね。ただお話の相手をしてもらうだけじゃない。」

少しおびえた表情のマリー。しかし、これぐらいで怯んでもらっては困る。この娘には、これから一仕事をしてもらわねばならない。そう、このオスを傀儡にし、場合によっては死地に向かわせねばならないのだから。

「それじゃあよろしくねカズサちゃん。マリー、ゾイラちゃんに怒られるようなことしちゃダメよ。じゃあ行きましょうか。」

言いながらマリーに「しっかりやるように」と目でメッセージを送り、合図代わりにバタンとドアを閉めた。あの利口な娘のことだ、失敗はしないだろう。

----よし、染射羅はこの企てに気付いてはいない。落ち着かせて説得すれば大丈夫だろう。こちらとしても悠長に待ってはいられない。





「あのね、ゾイラちゃん。今日のあなたを見て思ったんだけど....あなた、自分がちょっと淫魔として逸脱してるって思わない?」

染射羅を自室である広く豪奢な貴賓室に通し、ニーナは話を始めた。

「逸脱?仰る意味がわかりませぬ。分かりやすく言って頂けませぬか?」

苛立った表情でチラチラとドアを見る染射羅。一刻も早く一紗のもとへ戻りたいようだ。だが、ニーナはそうさせるわけにはいかない。

「淫魔にとって男は獲物であり餌でしょう?なのにあなたは何もせず、ただべったりくっついて幸せだとか。カズサは素晴らしいオスだとは思うけど、なぜそこまで入れ込むのか私には理解できないわ。まして、あなたはフロスト家の直系なのよ。かつてのあなたは、私の母、つまり国主アリシア様の直系らしく残酷な性格と強大な魔力を持っていた。いつの間に姉さんのような博愛主義者になってしまったの?恥ずべきよ。一族の繁栄のためにも、今のサラヴェリーの地盤を固めないといけないのに、たかがオス一匹の為に一喜一憂してるあなたは、フロスト家の嫡女としてどうなのかしら?」

フロスト家の重鎮としての威厳を見せつつ、ニーナは染射羅を諭す。染射羅は事情により今はジパングという小国の地方領主ではあるが、将来は一族を背負って立つ身なのだ。

が、染射羅はニーナにとって意外な反応を見せた。

「くだらぬ。今日申し上げたことをもうお忘れか?妾は国のことなどどうでも良いと申したはず。町娘にでもなって一紗と共に暮らしたいと。ジパングの百姓でもよい。それが妾が望む全て。叔母上に協力するのもこの一日限り。もう晩餐会に出る気もなくなったゆえ、一紗を連れて帰らせて頂く。これからも精々一族の発展に力を尽くされるがよろしゅうございましょう。」

今までの恭しい態度は消え、馬鹿にしたような表情で言い放つ染射羅。そのまま踵を返して部屋を出て行こうとする。

「お待ちなさい!まだ話は終わってないわ!」

人変わりしたようなゾイラの態度にたじろぐものを覚えたが、ニーナはその小さな身体に気迫を込めて呼びとめた。

「話などもう必要ない。愛を理解できぬあなたに妾の気持ちは欠片も分かるまい。だから叔父上を長年幽閉などされるのでしょう。とにかく、私は一族としての全てを捨てる覚悟はできている。そして、邪魔などさせぬ。」

ニーナは混乱した。
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