第八章 〜惑乱

「良く眠っておる。赤子のようじゃ....。」

まだあどけなさの残る一紗の寝顔を見ながら、淫魔姫ゾイラ・フロスト・サガワは目を細めた。

「妾の一紗。」

数万の観衆を沸かせたジパング一の愛しき武人が、今自分の腕の中で赤子のように眠っている。その事実が染射羅の独占欲を満たす。が、その独占欲はこれからどんどん大きくなってゆくだろう。誰にも触れさせたくない、完全に自分だけのものにしたいと思ってしまう日が、ごく近いうちにやってくるだろう。欲情とは違う、不思議なこの感覚。排他的で利己的といえるこの気持ち。しかし、染射羅はこの気持ちが歪であるとは少しも思わない。

「妾、淫魔である前に女じゃからの。」

ふふ、と楽しそうに一人ごちた染射羅。交わらずとも心が一つになるなど、他の淫魔なら頭がおかしいと言うだろうが、彼女は今一人の女として幸せを感じていた。







「......?」

急に慌ただしい足音が聞こえてきた。

「あーここにいた!大変なのよ!!貴方達の連れが....って何やってんの!?」

ドアを開けるなり大声を出したのは姪のマリーだ。

「!」

染射羅の腕に抱かれていた一紗が走獣のような敏捷さで抜け出し、愛刀カネサダを膝立ちの姿勢で構えた。必殺の居合の構えだ。

「......マリー様でござったか。」

ほぼ無意識の行動だったのだろう。殺気漂う構えにもかかわらず、きょとんとした顔の一紗。

「なっ、何よ!?お兄ちゃんアタシを殺す気!!ビックリしたわ....ていうか何してたの二人とも?」

「許婚同士の睦み合いをわざわざ教える必要などないわ!邪魔をしおってからに。....して何用じゃ?」


人の姿に戻り衣服を身につける染射羅。二人の時間を邪魔されたことに腹が立ったが、急を要する何かがあったのだろう。

「それがね、実は....。」











「それで、ライゼル卿はそのことを御存じか!?」

「ううん、まだ多分知らないはずよ。この広い闘技館だもん。」

闘技会の参加者であるライゼル卿の家臣達、そして我が武神館のクーニャ殿達が一触即発の状態になっているらしい。場所は18番通路。

「詳しい理由は?.....いや先に行く。染射羅様、御無礼を!」

この混雑した闘技館に主君一人を置いていくわけにはいかぬ。だが一刻を争うこの状況。
俺は無礼ながら両腕で染射羅様を抱え上げた。

「あ、これ一紗!やめ.....いや、良い....。」

無礼を咎めぬ染射羅様に感謝をしながら、まだ回復していない重い身体を叱咤して俺は疾走する。

「ちょっとー。置いてかないでよー!」









「トカゲの一匹や二匹。犯ろうが殺そうが構わねえだろ!!」

いかにも勇者くずれといった男が、気を失って倒れているサイラ殿を蹴り飛ばすのを見た。

「てめえら!!もう勘弁出来ねえ。ぶっ殺して....」

「やめい!!何事であるか!?」

俺は激昂しそうになる己を必死に抑えて問うた。

鎧を着込んだ男が8人、クーニャ殿率いるリザードマン達と睨みあっている。

「ジパング先生!メチャクチャだよコイツら。アタシらの事をバケモンだトカゲだ散々侮辱して、言い返したサイラをいきなり殴りつけたんだ。」

「はあ?バケモンが何言ってんだ?お前は脚でも落としてやろうか?」

リーダー格らしい大柄で凶暴な面構えの男。先ほどサイラ殿を蹴り飛ばした男だ。

「ライゼル卿はこのような無道をお認めになるのか!?」

「へー、さっきの演武のサムライさんか。姫さんを大事そうに抱えちゃってよ。噂じゃあその姫さんもバケモンらしいけど、スゲー美人じゃねえか。俺にもまわしてくれよ。へへっ。」

「....貴様。」

「落ち着くのじゃ、一紗!!」

染射羅様に強く腕を掴まれた。そして小声で、

「ここで騒ぎが大きくなれば、外交問題に発展してしまう可能性がある。厄介事はならぬ。妾とそなたの生活が....。」

真剣に諭す染射羅様を見て、俺に少し冷静な心が戻ってきた。悲しませてはならぬ。

「御無礼仕りました。」

丁寧に染射羅様を降ろし、男と対峙した。

「再度問う。ライゼル卿はこのような行為、お認めになるのか?」

「愛しの姫様の手前、格好つけやがって。当たり前だろ。獅子王様のご意思は俺達の意思さ。それよりいいのかよ、ハーモン州と問題起こしたお前ら。ご領主のロリっ子さんからキツーイ罰があるぜ。」

「ふざけんな!お前らが喧嘩を売って....」

「落ち着かれよ....。」

食ってかかろうとするクーニャ殿の前を遮るように、ハーモンの男達と対峙した。

「きっかけを作ったのも、暴力を振るったのも貴方がただ。こちらに非はあるまい。」

「何言ってんの。そもそもこの闘技場に、そんなバケモンが普通
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