僕の理想の花嫁は、どこにいるのだろう。
そんな事を考えながら、今日も街の中をあてどなくさまよう。
西も東も、北も南も、雨にも負けず、風にも負けず、反魔物領ならどこでも探したけれど、見つからなかった。
さすがに、未来に開く少女や、過去に開いた老婆も愛でてみた訳ではないけれど、やっぱりなんかだめだった。
「おや?」
適当に歩いているうちに、大きな病院へと迷い込んでしまったようだ。壁は清潔そうな白一色で、たくさんの人たちがあわただしく行きかっている。
「こうしてここに着いたのも何かの縁だ。一通り見ていこうじゃないか」
そうつぶやくと、僕はとりあえず右の方へ歩き始めた。
「まあ、こんなもんだろうなあ」
少しは期待していたのだけれど、やっぱり運命の出会いというものは無かった。まあ、病室にはどうしても入りづらいから、もしかしたら逃してしまったものもあるかもしれない。とはいえ、自分は何かで苦しんでいる人の個人的な空間に土足で上がりこめるほど恥知らずな人間ではないと思っている。
「仕方がない、他を当た……ん?」
そこで目に入ったのは、『B1F 霊安室』の文字。
何故だろうか、僕は何かに吸い寄せられるように階段を探し、そこに下りていった。
迷い込んだ見知らぬ病院の薄暗いモルグ。
「あ……!」
その一角で、眠るように死んでいる、誰よりも美しい少女。
「やっと、見つけたよ」
彼女こそが、きっと僕の理想の女性なのだろう。僕の長年の経験から培われた勘がそう訴えている。
すでに息絶えてしまっているのが残念だが、僕だって魔術師の端くれ。こんな事もあろうかとネクロマンシーを習っておいた。本当の彼女が蘇ってくる訳ではないが、まずはこの死体をなるべく気づかれずに持ち出す事の方が先決だ。それに、腐敗の進行も防げる。
懐から杖を取り出し、あの時教えられたとおりの魔法陣を彼女の周りに描く。そして呪文を唱え、念じ、自らのもてる全ての魔力を術式に叩き込んだ。
陣が輝き、僕の魔力が足元を伝わって彼女へと流れ込んでゆく。魔法は成功するかに見えた。
「さあ、目覚めよ。我が忠実……な……?」
魔力、そのなかでも僕ら人間のものと対になっている「魔物の魔力」は、思念と結びつきやすい。ここは反魔物領で、そんなものは存在しないはずだが……
「くそ、大方、医者か看護婦の誰かに紛れ込んでたってことか!」
白い光に混じって、そこかしこから黒い塊が彼女に突進していく。うかつだった。表立って活動する事は稀であるにしろ、魔界や親魔物領の諜報員が居ない反魔物領は存在しない。そして、こんなに人の「無念」が染み付いているような場所で屍霊術を使ってしまうと……
「放散された僅かな魔物の魔力でも、ここに集まってきて分かりづらい魔力溜まりになる。そして、魔力溜まりでネクロマンシーを行使された死体はただのゾンビやスケルトンではなく……」
魔物の一種である「生きた」アンデッドになってしまうのだ。
「まあ、こんな美人に殺されるなら、悪くないかな」
もうすでに魔法は終わりを迎えようとしている。下手に切ろうとするといろいろと危ないし、安全に中断するための時間はもう残されていなかった。
「ん……あれ?」
ここはどこ?なんでこんな暗くて寒い場所にいるの?
「わたしは……死んじゃったの?」
地獄なの?気のせいなの?なんだか頭がぼうっとして、よくわからない。
「ああ、君は死んで『いた』」
声のするほうを振り向いてみると、一人のやさしそうな男の人が酷く疲れた様子で座り込んでいる。
「どういうことなの……」
「僕がここで君の死体にネクロマンシーを行使したのさ。そしたら……ごらんの有様だよ」
なんだかよくわからないけど、わたしはまだ生きているらしい。もうどこも痛くも苦しくも無い。
「ありがとう」
「ん?」
もうだめだと思ってた。お父さんもお母さんもいっぱい励ましてくれたけど、自分の体のことは、誰よりも自分が知っている。だけど、
「あなたは、わたしが過ごせるはずの無かった時間を与えてくれた。あきらめていた私に、もう一度夢を見せてくれている。それに、感謝したくて」
彼が何かを怖がっているように見えたから、わたしは笑ってそう答えた。
「嘘だろ……僕は君の命を!自分の都合で弄んだんだ!感謝されるいわれは……」
「君が今 笑っている 眩い其の時代に」
暗く冷たい石造りの地下室に、凛と響く美しい女の人の声。わたしも彼も、思わず黙って耳を傾けてしまった。
「誰も恨まず 死せることを憾まず 必ずそこで会おう」
薄暗い闇の中から、高そうな白い服に身を包んだ女の人が姿を現した。……あれ?この人の声、どこかで聞いた事があるような……
「私が大好き
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