『功夫虎娘鍛錬録』
肩に引っ掛けたバッグが、歩くたびに左右に揺れる。
不規則に背中に当たる感触を少しだけうっとおしく思いながらも、通い慣れた街の通りを歩く。
「よう! ゼッカ! また行くのかい? 怪我すんなよ?」
「好きねえ、ゼッカも。あんまり無茶しないようにね?」
俺の姿を見かけた店の親父や道行く人がいつも通り、半ばからかい気味に、半ば心配して声を掛けてくる。
そして俺もいつもの通り、それらの声にわかってるよと返し、背中に視線を感じつつ、目指す場所への足を速めた。
商店の立ち並ぶ繁華街を過ぎ、住宅地を抜けると、次第に立ち並ぶ建物もまばらになっていく。
やがて踏みしめる路面にひび割れや荒れが目立つようになった頃、最後の角を曲がると、開けた視界の中に目的の建物が姿を現した。
町の外れにぽつんと佇む、木造平屋の建物。数年前に門下生もいなくなり、畳んでしまった道場だ。主もどこかへ去ってしまったらしく、寂れた建物だけが残されている。
そんな場所に、どこからかふらりと流れ着いた武芸者が住み着いた、という噂が町に流れはじめたのは先月のこと。多少なりとも腕に覚えがあり、暇をもてあましていた俺が、ちょうどいい退屈しのぎとばかりに足を向けたのは当然の流れであった。
もっとも、初日の勝負の結果は惨憺たる有様だったのだが。
それ以来、俺――ゼッカ=ランベルトは件の武芸者に借りを返すため、毎日のようにここへ通い挑み続けているのだった。
「たのもー!」
最早お決まりとなったセリフを叫びながら、立て付けの悪くなった引き戸を無理やりこじ開ける。がたがたと音を鳴らして開いた扉から首を突っ込み、俺は室内を覗き込んだ。
内部は扉を開いてすぐ、稽古場になっている。町道場の割には意外と広い間取りは一面の板張りで、かつては多くの門下生が修行に勤しんでいたのだろう。しかし、今はがらんとしており、なんともいえない寂しさが漂っている。
「お、いたな」
室内を隅々まで眺めるまでもなく、俺は目的の人物が道場の真ん中に座っているのに気付いた。件の人物はこちらに背を向け、道場正面の壁に向かって奇妙な座り方をしている。なんでも、正座というらしい。
腰まで伸びた長い髪と、背を向けていても分かる、柔らかな体のライン。その後姿からは、相手はまだ歳若い女性だと分かる。
びしりと指を付きつけ、俺は彼女の背に向かって叫ぶ。
「ルイリィ! 勝負だー!」
その俺の声に、こちらに背を向けていた女性が振り返る。
訪問者が俺だと分かると、彼女はやれやれ、といった風に頭をかきながら立ち上がった。
ルイリィという名の彼女こそ、名も知らぬ東方の地よりやってきた噂の武芸者だった。
なんでも己の心身を鍛錬し、武芸を極めるために武者修行の旅を続けているという。歳若い女の身での一人旅とは恐れ入るが、彼女の実力を知った今ではそれも当然かもなあ、と妙に納得してしまったりしていた。
「また来たのか、ゼッカ。毎日毎日よく飽きないなあ」
どこか呆れたような気配を漂わせながら、彼女はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「あたりめーだ! ルイリィ、今日こそ一本取るからな!」
それに言葉を返しながら、俺は彼女、ルイリィ――瑞璃――の姿を眺めた。
容貌は一言で言えば、美人、と形容していい。
腰まで伸びた赤茶色の髪に、鋭くも凛々しい顔立ち。それらは人目を惹き付けるのに十分な魅力を備えている。纏った服の上からでも分かる、女性らしいしなやかさと柔軟さを保ちながらも、日々の鍛錬により無駄なく引き締められた肉体。女性にしてはやや背が高いが、彼女の持つ精悍な印象は、それを欠点ではなく長所へと変えている。
「ふ、一本、か。取れるといいな」
俺の言葉を聞き、愉しげな笑みを浮かべるルイリィ。
のんびりとただ歩くその姿にさえ、俺は一分の隙をも見出だすことは出来なかった。
「く……、ば、バカにしやがって」
一挙手一投足にすら達人の風格を漂わせるルイリィの姿に、知らず気後れしそうになる自分を奮い立たせ、俺は稽古場へと足を踏み入れた。ぼろくなった床板が軋み、耳障りな音を立てる。
「ほれ、準備するなら待っててあげるから。早くしなさいな」
「う、うるさいな。今やるって」
からかう彼女に声を返し、俺は肩に担いでいたバッグを床に下ろした。中には装備品、というほどのものではないが、昔から愛用している品々が入っている。
俺が準備をする間、ルイリィは道場の中央、こちらから数歩ほど離れたところに腕組みをして立っている。その態度は自然体そのもので、とてもこれから勝負をするという風にはちっとも見えない。それだけ、余裕があるのだろう。
余裕綽々なルイリィの態度に、舐められているような気がして一瞬頭に血が上りかけるが、今までの
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