『ストレイシープは眠れない』

『ストレイシープは眠れない』

 足下の下草と敷き詰められた落ち葉をブーツが踏みしめる、さくさくという音が不意に途切れた。同時に、遮るものの無くなった頭上からは太陽が惜しむことなく陽光を注ぐ。
「っと」
 視覚を襲った明暗差に思わず腕で目を庇い、しばらく俺はその場に立ち止まった。光は瞼越しにもその強さを主張し、痛みにも似た感覚を与える。
やがて目が明るさに慣れたのを感じた俺はゆっくりと腕をどかし、瞳を開く。
「おお」
 見上げれば、隙間なく天を覆い陽射しを遮っていた枝葉は既に無く、澄み渡った青空が広がっている。どうやら、ようやく森を抜けたようだった。地面から突き立つ木々の作り出す長い長いトンネルともおさらばと思うと、清々した気にもなる。
 羽織ったマントのあちこちにくっついた葉っぱや枝の切れ端を払い落とす。最後にすそにしがみ付いていた小虫を見つけ、溜息と共に摘まんで引き剥がした。
鬱陶しい森から解放された安堵を感じつつ、俺は目の前の光景を見据えた。ここまで来れば、目的地まであと少しのはずだ。
だが、俺の視界に映る景色は、どこまでも緑の絨毯が敷かれた広大な草原だった。
「……ああ〜?」
 目に映ったものをひとしきり眺め、それから眉をしかめ、俺――ダリオ=ウィーラントは苛立ちに任せて声を出す。不機嫌さを隠そうともしない声に驚いた鳥たちが木々から飛び立ち、辺りを騒がせた。
それに構わず、俺は腰のポーチを探って四つに折りたたまれた紙片を取り出し、広げた。続いて取り出したコンパスを手のひらに載せ、揺れる針が止まるのを待って、再度、紙に視線を落とす。
 今、俺が片手で端を持っているこの紙は、この辺りの地図だ。年季が入っている上に、使い古されたせいで黄色く変色し、端は所々破けているばかりか、記された文字の中にはかすれて読みづらくなってしまっている部分もある。だが、それでも紙面のほとんどの部分を占める大きな森と、その中をくねくねと折れ曲がりながら貫く太い線を読み取ることは出来た。
この、蛇のようにのたくる線は古くからこの辺りの町と町を結び、多くの旅人や冒険者が通ってきた街道だ。
 かつての旅人達と同じく、俺もこの地図を頼りに記された道の通りに歩いてきていたはずなのだが――どうも、おかしい。辺りの地形を眺めてみても、どういうわけか地図に記された場所と今いる場所がさっぱり合わない。
 穴が開くほどに紙面を眺め……結局、それが無駄な努力と悟った俺は、頭にくるくらい爽やかに澄みきった天へと向けて叫んだ。
「どういうことなんだよ!?」
 言葉となって噴出した苛立ちが、空気を震わせる。だが当然、俺の問いに答えるものはいなかった。既に先ほどの声で鳥たちは辺りから逃げ去ってしまっていたためか、俺の声以外の物音すらしない。
 視線を前方へと戻し、広がる草原を憎憎しげに睨む。
 本当なら、森を抜けたらすぐに町が見えてくるはずなのだ。ところが現実はどうだ。町らしき影はおろか、多くの人に踏みならされたであろうはずの街道すらない。
 俺の目に映るのはだだっ広い草原。そのはるか向こうには、青々と生い茂った木々の姿が見える。おそらく今抜けてきたのとはまた別の森があるのだろう。手元のこの地図に描かれた範囲には載っていないようだが。
 もう一度、地図を見、周囲の景色を見る。だがやはり、現在の状況から導き出される答えは同じだった。
と、いうことは――考えたくはないが――。
「道を……間違えた?」
 それしか考えられない。おそらく、森の中のどこかで道を外れた結果、この地図に載っていない範囲まで歩いてきてしまったようだ。
今になってよく考えれば、森の中を歩いていた時に途中から道が途切れた時点でおかしいと思うべきだったのだ。多分だが、あまり使われなくなったせいで道自体が消えてしまったのだろう。その後なんとか人が通ったらしい跡を見つけ、それに沿って進んできたものの、どうも間違った道――というよりかは、街道ではなく獣道か何か――だったようだ。
ついでにいえば、獣や魔物に襲われないようにと焦ったのも拙かったのだろう。いや、値が張るからと新しい地図ではなく、店の隅に転がっていた安い地図にしたのも悪かった気がする。
迂闊だったといえばそれまでだが、急いだ結果がこれだ。
「くそっ!」
苛立たしげに足下の小石を蹴り飛ばす。が、俺の元気もそこまでだった。
「う、うう」
 現状を把握してしまったせいか、一気に吹き出た疲れが身体にのしかかる。抗えず、俺はうめき声を出し、がくりとうなだれた。
その場にへたり込んだ俺は、しばしぐったりとしていた。鬱蒼とした森を歩き続け、ようやく抜けたと思ってみれば、この仕打ち。今まで溜まった分の疲れが一気に出るのも無理はない。
「とはいえ……。いつまでも、ここでこうしている
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6..22]
[7]TOP
[0]投票 [*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33