『農夫と雌牛の牧場物語』
「くぅ〜……すぅ〜……」
眠り。それは基本的に、全ての生きるものにとって必要不可欠な要素である。それは無
論、人間にとっても例外ではない。健やかな眠りは心と体を癒し、明日への活力を生み出
すのである。
「すぅ〜……くぅ〜……」
まあ、そんな小難しい理屈を抜きにしても、眠りを嫌うものはそうは多くあるまい。暖
かく柔らかい布団に包まれたベッドの中というのは、殆どの人が手軽に用意できる極楽空
間だ、ということに異論を挟むものもそうはいないだろう。目を覚ませばいろいろやるこ
と考えることがあって大変だから、寝ている間だけは悩むことはないから、などとあれこ
れ理由をくっつけなくとも、大部分の人はただ単純に睡眠の心地よさを知っており、でき
るものならずっとまどろんでいたいと思っているものである。
「むにゃ……ほら〜、ゆーくん、ぎゅ〜……むにゃ……」
できるものなら。
――――――――――――――
「むぐぅっ!?」
突然大きく、あったかく、柔らかい「何か」が顔に押し付けられ、心地よく惰眠を貪っ
ていた僕、ユーミルは反射的に声を上げた。ぴったりと押し付けられたものに酸素吸入口
――要は鼻と口だ――が強制的に閉鎖され、酸欠状態に陥ったせいで僕の顔はあっという
間に真っ赤に染まり、意識が遠のいていくのが分かった。
(……い、いけない……!)
唐突な命の危険に、僕は慌てて両腕を動かし、顔に押し当てられている「もの」を掴む。
大きく、柔らかな何かに指がめり込む感触が伝わり、しかもそれがもぞもそと動いた気が
するが、とりあえずは無視。
「むにゃ……やぁん〜、ゆーくんのえっちぃ〜」
さらに頭上から聞こえてきた甘ったるい声を聞き流すと、僕は腕に力を込め、顔に押し
付けられているものを引き剥がす。相手は離されまいとさらに肉を押し付けようとするが、
こればかりは譲るわけにはいかない。命が掛かっているので。
「……ん〜ん〜ん〜っ!」
しばし、ベッドの中で寝転がったまま、毛布に絡まり、枕を弾き飛ばしながらの攻防が
続く。傍から見れば間抜けな小競り合いだが、僕にそんなことを気にする余裕は欠片もな
かった。
やがて必死の抵抗が功を奏し、ようやく顔との間にかすかな隙間を確保する。
「ぷふぁ! や、やばかった……! はぁっ、はぁっ、今回は本当に……」
不足していた酸素を補うべく、大きく開けた口から空気を思う存分吸い込み、文字通り
一息つく。なんとか落ち着いてみれば、視界いっぱいに広がる白地に黒のまだら模様……
の布に包まれた謎の物体。
目の前で再び押し付けられようとするそれに、僕は慌てて大声を上げた。
「ちょ、ちょいたんま! お姉ちゃん、待って〜!!」
「ふあぁ〜……。ん〜〜?」
寝室に響く大声に、僕のすぐそばからのんびりとした声が聞こえてくる。同時に顔へと
押し付けられていた大きな胸が離れていき、僕はようやく安堵の吐息を漏らした。
視線を胸からずらし見てみると、眠たげな表情をした女の子の顔が目に入る。
白と黒の毛が混じった不思議な色の髪。長いまつげが縁取る大きな垂れ目はまだしっか
りと開ききっておらず、とろんとした顔はいまだに半分夢の中のようである。やさしげな
微笑を湛える口元はゆるいカーブを描き、漏れ出す吐息が鼻先をくすぐる。
やや童顔気味なせいか、僕より二つ年上の19歳にはとても見えない女の子。それだけ
ではなく、なんというか……ちょっとそこらへんにはいない、不思議な雰囲気を持った少
女である。
それをなによりも特徴付けるのが、彼女の頭から覗く黄色がかった一対の大きな角と、
白い毛に覆われた牛の耳だった。今は掛け布団の下に隠れてはいるが、その下半身も白と
黒の体毛で覆われ、足先は硬いひづめになっている。そしてお尻からは先端がふさふさし
た毛の尻尾が生えていることも、僕は知っていた。
そう、彼女は人間ではなく、人々に「魔物」と呼ばれる存在なのである。種族ごとに様
々な姿をした彼らは人間よりもはるかに優れた体力や魔力を持ち、伝承や御伽噺に語られ
るように、多くは抗う力を持たない一般人にとっては恐怖の対象……とされている。
とはいえ、それは教会が一方的に言っていることで、実際には一口に魔物と言っても性
格は千差万別、魔物ごとにさまざまな特性や嗜好がある。何も人を襲い、害するものばか
りではないのだ。むしろ、魔物の多くは人間を愛し、共に暮らすことを望んでいるのでは
ないかと思える。
その一例が、今僕と一緒のベッドに入っている彼女――ミナお姉ちゃん。「ホルスタウ
ロス」という名の彼女の種族は、魔物とはいっても冒険者や王国兵士が目の仇にしている
ような、人を襲う危険なものではない。
彼女たちの種族、ホルスタウ
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