貴族の名家、ユーエンウッド家の息女、アリシアは十七歳。
誰もがうらやむ裕福な家庭でありながら、生まれたときから歩むべき道を決められ、好きでもない相手に愛想笑いを浮かべるような生活。彼女はそれにいつしか息苦しさを感じていた。
そんな彼女にとって唯一心を許せる相手が護衛兼使用人の青年、ラッド。
一つ年上ということで何かにつけ子ども扱いする彼はアリシアにとって面白くない相手であったが、本心では互いに内心惹かれあっており、幼い頃からずっと側にいた相手を、お互い想わない日は一日たりとてなかった。
決められた道を歩くだけの日々。
自分の意思など存在しない、空虚な笑みを浮かべ、記憶にも残らないようなパーティーを繰り返す日々。
そんな色の抜け落ちたような毎日を、人形のように無機質に送るアリシアにとって、唯一といっていい慰めは、彼が決して多くはない給金の中からプレゼントしてくれた人形と語らうこと。
その可愛らしい少女の人形は、贈られたその日から、今日までずっと、彼女にとって他の何にも代えがたい宝物だった。
物語は、そんなある日。
ついに、アリシアに縁談の話が持ち上がった夜に動き出す。
・・・・・・・・・・・・
――ゆめを、みている。
何となく、そんな言葉が浮かんだ。
頭の中には靄がかかったように考えがまとまらず、身体の感覚もどこか遠い。
感じられるのは、奇妙な温かさ。不快ではなく、むしろ心がほぐされていくような安堵すら感じる。まるで母様に抱かれているような、ぬるま湯に頭まで浸かっているような、不思議な感覚。それが全身を包んでいる。
布団のぬくもりかと思ったが、どうも違う気がする。このぬくもりは外からのものではなく、私の身体の奥底から湧き上がってきているようだ。
生まれてはじめての、不思議な感覚。ぼやけた頭でそれを感じていると、次第に変化ははっきりとなっていった。
――何だろ……? だんだん、あつく……?
心地よい温かさは、いつしか熱いほどとなり、全身に染み込んだ熱が、あふれ出す。やがて行き場をなくした熱は、出口を求めて荒れ狂い始めた。身体の中で渦を巻き、火照った肌から汗が滲み出す。耐え切れず、熱を帯びた吐息が、口から漏れた。
「ぁ……、んぅ……っ」
苦しげな自分の声が、耳に届く。はぁはぁと荒い呼吸が空気を騒がせ、大きく胸が上下するのが分かった。その間にも熱は引くどころか勢いを増し、全身を焼き尽くすかのようなものとなっていた。
「ふぅ……っ、はぁ……ぅ、あ、ふ……っ」
呻きにも似た声が、荒い息と共に吐き出される。
にもかかわらず、私は不思議と苦痛を感じてはいなかった。
夢の中だからだろうか。全身を侵す熱も、肌に滲んだ汗の感触も、耳障りな荒い吐息さえもどこか遠くのことのようで、自分のことだと実感できないでいる。
――…………?
ふと、耳に届く音に、呼吸のもの以外が混じっていることに私は気づいた。
――何の、音?
いまだ靄がかかったような、ぼんやりとした頭のまま、その音に意識を向ける。
規則正しく、ぎしり、ぎしりと鳴る音。その音に混じって、かすかに、ずちゅ、ずちゅと水気の混じった音が響いている。
最初の音は、すぐに分かった。私のベッドが軋む音だ。その証拠に、音が鳴るたびに私の身体も揺らされる。
――あれ、でも、なんで……?
何で、眠っている私がベッドを軋ませているのだろう。夢の中でまで気になるほど、私は寝相が悪くはないはずなのだけれど。
それに、最初は気付かなかったが、どうやら私は何かの上に、馬乗りになっているようだった。奇妙な形をしたそれは、硬いような、柔らかいような、不思議な感触を布越しに返してくる。
――私の下に、何か……。いや、これは……モノじゃ、ない……?
疑問と共に、混濁した意識がかすかに目を覚まし、忘れかけていた視覚を活動させ始める。今更ながらに、私は目をつぶったままだったことに気付いた。
夢の中でも目を閉じていたことにおかしさを感じながら、ゆっくりと瞼を開く。蝋燭とランプの光が目に飛び込み、わずかに顔をしかめさせた。
オレンジ色の明かりに照らし出されたのは、寝る前と同じ、見慣れた私の自室だった。窓の外は真っ暗のようで、明かりがより深い闇を部屋の隅に作っている。
折角の夢だというのに、なんとも面白味がない。
「ぁ……、ぅ……っ、んっ……」
そんなことを考えている間にも、私の口は荒い息を吐き出して続けていた。
そしてベッドが軋む音と、湿った何かの音も響き続けている。
――この、音……何だろう。
何度も何度も規則正しく耳を打つ音。私は初めて聞く音だ。
けれど、何故かその音のことを、今の私は知っている気がした(・・・・
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