第五話 レッドドラゴンのガルニア


第三層の居住区は特に変わっていなかった。
しいて言えば、幻覚魔法で見せかけのボロ床と漆喰の壁が偽装されていることぐらいで、間取りは何も変わっていない。
フロアの中心である螺旋階段から十字状に廊下が伸びており、廊下の両側にはサバトのメンバーのための部屋が列をなしている。
魔法で空間をいじくっているため、本来なら廊下は無限に伸びているはずだが、今はある程度行ったところで漆喰の壁が立ちふさがっているのが見える。
「ここが子供たちと俺が寝泊まりする所だ」
「おいおい、こんな刑務所みたいなところで寝てんのかよ」
エドに対してライルが非難の声を上げる。
なるほど、殺風景な廊下に並ぶ鉄扉の列は、たしかに刑務所のように見えなくもない。
「しかたないだろ。教会は清貧がモットーなんだ。さあ、ついて来てくれ。会わせたい子がいる」
傭兵たちはエドに続いて廊下を歩きはじめる。
「おいおい、エド」
廊下を歩きながら、エムリスが言った。
「なんだ?」
「なにか聞こえてこないか?こう、喘ぎ声というか」
しまった。と、エドは思った。
サバトのメンバーはこの作戦のために、一時的に部屋に戻ってもらっている。
特に『お兄ちゃん』がいるメンバーがお兄ちゃんと部屋で二人きりになれば、ヤることは一つだ。
それに、この声は間違いなくアルラだ。この作戦の準備で溜まったストレスをナイアスとヤることで発散しているに違いない。
「えっと、実はな、この教会は病院も兼ねているんだ」
「病院?それにしては看護婦も医者も見当たらないが……」
「病院なんて名ばかりさ……治らない病で今にも死にそうな人が、主神の加護を求めてやって来るのさ。発作で痛々しく喘いでいるのに、俺たちは何も出来ねえ……」
「なるほど、確かに痛々しいな……」
よほどヒートアップしているのか、扉の外にまで嬌声を響かせているアルラの部屋の前を通った時、グリンバルトが重々しく呟いた。
傭兵たちは痛ましい現実から逃れるように、エドは作戦が失敗しないかひやひやしながら廊下を足早に進む。
やがて一行は、一つの鉄扉の前で止まった。
「ここだ。一つ約束してくれ」
「なんだよ?」
ライルが聞く。
「この部屋の中の子は、この孤児院で一番ひどい病気にかかっている。だが、自分の病気が治ると信じている。だから、不治の病とかそういう事は口に出さないでくれ」
「わかった。絶対に言わねえ」
ライルは少年らしい一本気な返事を返す。
エドはコンコンと扉をノックした。
「ニア、入るぞ」
「どうぞ……」
か細い返事を聞いて、エドは扉を開けた。



質素な一室だった。
家具は古びたタンスと、粗末なベッドだけ。
床や壁はあちこち穴があいており、今にもネズミが飛び出してきそうだ。
「エドお兄ちゃん、こんばんは……」
粗末なベッドに寝ている赤い髪の少女が、苦しそうにエドに声をかけた。
火山の噴火と共に産まれ、時に隕石をブレスで焼き溶かしたと謳われる。
伝説のレッドドラゴン、青炎のガルニアその人である。
やはり人化の魔法によって、ベッドで寝たきりの哀れな人間の少女にしか見えない。
「こんばんは、ニア。今日は傭兵団の皆さんがお見舞いに来てくれたぞ」
エドは笑いをこらえながら言った。
氷河の底に沈めようが風邪一つ引きそうにない強大なドラゴンが、こんな粗末な部屋で病に臥せっているフリをしていると聞いたら、彼女の同胞たちはどう思うだろうか。
「こんばんは、皆さん……ゴホッゴホッ」
ガルニアが咳をするたびに、傭兵たちの顔は青くなり、エドの顔は笑いをこらえて真っ赤になった。
「よ、よう。その、病気は大丈夫かよ」
一番年が近い外見をしているライルが、ガルニアに話しかけた。
「うん、大丈夫。最近は良くなってきてるって、シスターも……げほっげほっ!」
ガルニアの咳は止まらず、身体をうつむかせて苦しみ始めた。
「おい、大丈夫かよ!エド!」
「ライル!背中をさすれ!早く!」
ライルがガルニアの背中をさすると、咳は落ち着いた。
「ありがとう、ライルお兄ちゃん……」
潤んだ目でガルニアがライルを見つめる。
その姿は病床の少女の儚さまでも、見事に纏っていた。
「お、おう」
じっと見つめられたライルは、顔を赤らめながらそっぽを向く。
その隙に、ガルニアはエドに目配せをした。
こやつは我がもらう、と。
「さて、そろそろ行くか」
エドはそう言って、部屋の扉の方に向かおうとする。
「あ、ああ。そうだな」
「ライルお兄ちゃん……」
見れば、ガルニアはライルの手をしっかりと掴んでいる。
「な、なんだよ」
「眠れるまででいいから……傍にいて欲しいな……」
「けどよお……」
「傍にいてやれ、ライル。眠れるまででいいから」
グリンバルトが言った。
「わ、わかった……」
エドたちは、ベッドの端に腰を下ろしたライルを
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