「お兄ちゃんが欲しいのう……」
先代支部長である、バフォメットのザッハーグがぽつりと漏らした。
バーの中に冷たい空気が流れた。場末のテーブルを囲む、彼女と他の魔物娘たちは逆にヒートアップした。
「そうだよね。私にもご主人様が欲しいな」
ザッハーグに同調するように頷いたのは。キキーモラのイラリア。この支部の情報管理部長だ。
「だいたい、機会が無さすぎるのよ。私だってお兄ちゃんと深海ランデブーしたい……」
愚痴を漏らすのは、スキュラのパスティナ。この支部の海上情報収集部長。
「そもそも、なぜ我々からお兄ちゃんを探さねばならんのか。お兄ちゃんから来るべきだろう!」
怒鳴るのは、ドラゴンのガルニア。この支部の航空情報収集部長。
「私だけのお兄ちゃん……いいわね……」
恍惚しながら呟くのは、エキドナのボローニャ。この支部の陸上情報収集部長。
彼女たち五人は、支部内で『五大老』と呼ばれている。
寿命の概念が薄く、幼化の魔法によって皆が幼女の外見をしているサバトでは、百年以上を生きる魔物娘であっても老人扱いされることはない。
しかし、ルーニャ・ルーニャ・サバトの古参であり、この支部を立ち上げた創立メンバーであるがゆえに、彼女たちは敬意を持って『五大老』と呼ばれているのだ。
彼女たちは、支部の根幹を担う役職につき、誰よりも有能で、誰よりも古株で、そして皆が独身であった。
「独身。そこが問題なんだよねえ……」
五大老のテーブルから離れたバーカウンターで、現支部長の魔女のアルラが言った。
グラスにはフレイムタンという度数の強い蒸留酒が注がれており、彼女の心労がうかがえる。
「そもそも、男漁りに集中したいからって私に支部長のポストを押し付けたのに、抱えてる業務が彼女にしかできないことばかりだから……」
「アルラはよくやってるよ。それに、彼女たちは大手を振ってお婿さん探しができる身分じゃないし……」
バーテンダーのナイアスがアルラを慰める。この十歳前後に見える少年はアルラの伴侶であり、パートナーだ。
「え?ビラ配りに混ざればよくないですか?みんなそうやって男を捕まえてるんでしょう?」
「バカ。万が一にも主神教団に捕まって、情報を引きずり出されたらうちは終わりだよ」
がたいのいい青年の意見をラタトスクが尻尾でどつきながら封殺する。この二人もパートナー同士である。
ラタトスクのミールは情報部員であり、元傭兵のエドは支部の武術顧問という立ち位置だ。
「この間も、そうやってビラ配りに混ざろうとしたザッハーグさんを止めるために十人がかりで魔法を使わなきゃならなかったし……」
「それは……大変だったね……」
「『アルラにはわらわの気持ちなんて分からんのじゃ!』と言われた日なんか……お兄ちゃん、どうしたらいいのお……」
「うんうん……」
アルラの愚痴を聞きながら、ナイアスはアルラの頭をなでる。
「たしかに支部の重要な地位にいる者が、気軽に外に出るわけにもいかないですよね」
エドがビールをあおりながら言う。
「ふふん、そもそも私たちはもう独身じゃないから、彼女たちの気持ちなんてわかんないというか」
ミールは炒りナッツをつまみながら余裕そうな笑みを浮かべ、エドの背中を尻尾でさすりながら言った。
それがいけなかった。
「ほう……ずいぶんとお熱いのう。ミールや」
ミールは魔力のこもった声を背中から浴びせられ、後ろを振り返る。
そこには殺気のこもった視線をテーブルから向ける、五匹の魔物娘。
「いや、その、あの……」
「ちょうどよい。一緒に呑もうではないか。そこの殿方と一緒にな」
ザッハーグが手を上げて、指をくいと曲げると、見えない糸で縛られたようにミールとエドの身体が硬直する。
呪縛の魔法程度は、強大な魔力を持つバフォメットにとって児戯同然だ。もう逃げられない。
「先輩、どうするんですか」
エドは非難する目でミールを見た。
「どどど、どーするって……」
ミールが助けを求めてアルラとナイアスを見れば、アルラは酔いつぶれたフリをしてカウンターに突っ伏し、ナイアスは一心にグラスを磨いている。
「う、裏切り者〜」
「そうじゃそうじゃ、椅子を用意せねばな」
ザッハーグが空いた手の人差し指をぴんと立て、空中を混ぜるように振ると、二つの空き椅子がテーブルに出現した。
それから、呪縛の魔法をかけている指をぐいと引っ張ると、エドとミールの身体が空き椅子の上に出現する。
「ようこそ、ご両人。ゆっくりと語ろうではないか」
ザッハーグは二人に向けて、両手を広げた。
短距離の転移魔法で混乱するエドとミールは、くらくらした目で『五大老』のテーブルを見回す。
「こんばんは、ミールちゃん、エド君。いつもお部屋をキレイにしてて偉いね〜。エド君でしょ。今度、ゆっくりと掃除の仕方を教えてね」
とイラリア
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