ノアが目を覚ますと、暗闇の中だった。
身体を動かせず、体中を細い管のようなものが這っている感覚がする。
不快感は無い。むしろ、抱きしめられているような心地よさを感じた。
「あれから、15日目。ようやく起きたか」
スルーズの声が聞こえた。
「待っていろ、動けるようにしてやる」
その言葉と共に、身体に自由が戻った。
自分はうつぶせに寝転がった姿勢なのだと気付き、身体を起こす。
スルーズと出会った部屋だった。
ただ一つ違うのは、黒鋼の鎧があった場所には何もないという点だ。
身体を見ると、自分がその鎧を着ているのが分かった。
「お前の身体を生かすために、装着させたのだ。悪く思うな」
ノアの考えを先読みするように、スルーズの声がした。
自分が切腹した場所には血の染みが広がっていて、あの出来事が夢ではなかった事を証明していたが、腹と喉には痛みどころか違和感すらない。
「どうだ?私の生命治癒装置(リジェネレーター)は。中々のものだろう?」
「僕の考えが読めるのか?」
「ああ、私とお前は一心同体。思考を読むくらい当然だ」
「だったら、僕が今考えていることは分かるか?」
「……ば、馬鹿!あれだけやってまだ足りないか!」
恥ずかしそうな声でスルーズは怒鳴った。
「魔力充填率100%。通常行動、戦闘行動共に完璧な動作が可能。性交しても仕方ないだろう!」
「嫌か?」
「そういう事じゃ……とにかく、それは後だ!」
「残念だ。なら、兜を開けてくれないか?」
兜の装甲が首襟に引っ込み、ノアの顔が露出する。
その目には迷いがあった。
主神教団の部隊から逃げ出した自分には、もう帰る場所は無い。
「一つ提案があるのだが」
「なんだ?」
「外に出よう。日の光を浴びたい」
期待がこもった声に、ノアは思わず微笑んだ。
柔らかな日差しが、木々を優しくなでていた。
鳥の鳴き声と、通り抜けるそよ風の音が、鬱蒼とした森の中に響いている。
ノアは木々の間を通り抜けながら、葉の間から差し込んでくる光のぬくもりを感じた。
「ふふ、暖かいなあ。暖かくて気持ちいいなあ」
ノアの頭の中で、スルーズは機嫌よく笑った。
「こんなにすがすがしい気分なのは、造られて初めてだ。やはり、復讐なんて馬鹿馬鹿しいな。うん」
自分の過去を棚に上げるスルーズに苦笑しながら、ノアは辺りを見回した。
背の高い木々がわずかな隙間をおいて密生し、深く色濃い闇を形成している。
方角どころか、現在の位置が分からない状態で、この森から出るのはほとんど不可能のように思われた。
「こんな時は、人に聞くしかないだろう」
スルーズが言った。
「ちょうど、右前方に生命反応がある」
「人?こんな深い森に人がいるのか?」
「いや、人ではなく魔物だな」
「会って大丈夫なのか?魔物は人を喰うんだろう」
ノアは緊張した。
仲間たちがなすすべもなく連れ去られていく光景が、いまだに頭に焼き付いている。
「喰うといえば、その通りなのだが……とにかく会ってみろ」
「本当に大丈夫なんだろうな」
「私を信じろ。お前を危険に晒したりするものか。それと――」
スルーズは宣告した。
「浮気は認めん」
なんの事か分からぬまま、ノアは右前方に向かって歩き出した。
ノアが目にしたのは、魔物が人間を捕食している現場であった。
草むらの中で、地面に倒れた男に、頭に巨大なキノコを生やした魔物が跨っている。
響く男女の喘ぎ声と、淫らな水音からして性交しているのは明らかであった。
男は主神教団の鎧を着ていた。ノアの仲間である。
「助けないと」
「待て」
助けに向かおうとしたノアを、スルーズが止めた。
「なぜだ」
「あれはマイコニド。一か所に生えるのをやめて森の中を徘徊するキノコの魔物。それゆえに魔力の消費が激しく、性交を邪魔すれば魔物の命に関わる」
「見捨てろというのか」
「そうではない。見ていろ」
木陰からしばらく様子を見ていると、マイコニドの身体が大きく震えて動きが止まった。
少しの間をおいて、今度は男がマイコニドに覆いかぶさり、腰を激しく振り始めた。
「よし、今なら話を聞けるぞ」
「わかった」
ノアは男とマイコニドに近づく。
「すまない、聞きたいことがある」
性交に夢中なのか、男は反応しない。
ノアは男の耳元で呼びかけた。
「聞きたいことがある!」
「はぁ……はぁ……その声、ノアか?」
男は腰の動きを止めずに答えた。
「そういうお前は、ランド。生きていたか」
「俺はもうダメだ……この子がかわいくて愛おしくて仕方ねえ……」
「諦めるな。主神の教えを忘れたか?」
「主神の教えじゃ、身寄りのない寂しさを埋めてくれなかった。この子は、俺の全てを満たしてくれる」
「一時の欲求に振り回され
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