グリウス大教会は、主神騎士にとっての誇りである。
魔王軍を相手に奮闘した主神騎士団に、その活躍の褒美として与えられた拠点であり、彼らの強い信仰を捧げる場である。
教会の荘厳さと騎士団の威圧感を両立させた大教会は、信仰を誇示するが如く街の中心にそびえ立っている。
偉大なる主神の力を纏ったかのような巨大な教会は、人々を見守り続け、魔物を監視している。
だが、街のシンボルともいえるその聖なる建物にも、暗部はある。
ステンドグラスに彩られた大聖堂の端にある、不吉な雰囲気を纏った扉の鍵を開け、深淵に降りるが如く階段を下ってみるといい。
冷たい石の壁、魔法で強化された鉄の牢獄。
そこは魔物の絶望。グリウス大教会の地下牢獄である。
その看守室に、五人の主神騎士が集まっていた。
主神騎士の鎧を纏った者が四人。そして、その前に立っているのは主神騎士団長、青騎士ガレスである。
齢31の若さにして、主神騎士団長を務める男は、鬼気迫る雰囲気を纏って立っている。
狭い看守室の中は、緊張で満たされていた。それは、青騎士ガレスの放つ鬼気によるものだけではなかった。
「お前たちが密告した魔物が、この奥にいる」
ガレスは、牢獄に通じる扉を指さして言った。
「知り合い、友人、家族。関係はどうであれ、お前たちに自分が魔物になったことを告白できるくらいに親しい者たちだ。その信頼をお前たちは裏切った。お前たちは主神騎士でいるために、愛するものたちの尊い信頼を売り渡したのだ」
そして、冷たく言い放った。
「お前たちは最高の主神騎士だが、最低の人間だ」
看守室の中に、重々しい沈黙が横たわる。誰も抗弁できない。
「団長」
怒りで震えた声で騎士の一人が言った。新米のアランだ。
「なら、どうすれば良かったんです?ある日突然、自分は魔物になってしまったと告げられて、あんな欲情したような目で見られて。その場で斬り殺せば良かったんですか?たった一人の家族を……妹を……!」
アランの目に涙が浮かぶ。怒りと後悔。それに同調して、他の騎士たちは口をぐっと引き結んで、こらえるように顔をうつむかせる。愛するものを売り渡した責任が、彼らを苦しめていた。
しかし、ガレスの口元は緩んでいた。狂気を孕んだ目が騎士たちに注がれる。
「どうすればよかった、だと?それを今から教えてやる。お前たちをここに呼んだのは、始末をつけてもらうためだ」
騎士たちの間に広がる戦慄を無視して、ガレスは牢の入り口に進む。
「ついてこい。お前たちに拒否する権利は無い」
牢獄の中は寒かった。
春が訪れてしばらく経ったとはいえ、地下牢獄の寒気は囚人の意志をくじくのに不足は無い。
三歩先を見通せぬ冷たい闇が横たわる中、かすかに女性の息遣いが聞こえる。
ガレスは松明に火を点けると、騎士たちを引き連れて牢の廊下を進む
そして、最初の牢屋の前で止まった。
ガレスが松明を近づけると、牢屋の中でうずくまる少女の姿が露になる。
頭から生えた角、腰の後ろから伸びる尻尾。間違いなくサキュバスである。
「エマ!」
アランが牢屋の檻を掴んで、少女に声をかける。
「お……兄ちゃん……?」
「そうだ、俺だ。エマ、大丈夫かい?」
「うん……少し、寒いけど……大丈夫だよ」
魔物の身体とは言え、この寒さの中で無事でいられるはずがない。
兄を心配させまいという少女の気遣いに、騎士たちは閉口するしかない。
「お兄ちゃんは……騎士団のおしごと……がんばって……せっかく、あんなにがんばって、騎士になったんだから……」
「ああ……!ああ……!」
アランは檻の前で泣き崩れながら、ガレスの方を見た。
「団長……!お願いです。この子だけは許してやってください。俺はどうなってもいい……エマだけは……!」
「剣を抜け」
無慈悲な命令だった。
「でも……!」
「剣を抜け。二度目は無いぞ」
アランは涙も拭わず、剣を抜いた。
松明の明かりが届けば、他の騎士たちも同様に涙を流しているのが見えたはずだ。
「誓え」
「何を……?」
「これから手にする力の全てを、信仰に捧げるとな」
ガレスの言葉を理解できず、アランの体が固まる。
「え……?」
「誓え。『我が得たりし力は、全て信仰に捧げる』」
アランは剣を胸の前に捧げ、誓いの言葉を唱えた。
「『我が得たりし力は、全て信仰に捧げる』」
それを見届けると、ガレスは牢屋の鍵を開けた。
「お前の一存で、この娘を好きにしていい。ただし、剣を持ち込むのは許さん」
この言葉に、騎士たちは驚愕した。団長の目的はいったい何なのか。
「は、はい!」
ただ一人、アランは嬉しそうに声を上げ、剣を置いて牢屋の中に飛び込んだ。
「エマ!」
「お兄……ちゃん……」
兄妹はしっかりと抱き合い、再会を喜んだ。
「エマ、ごめんな。もう二度と離れないから」
「うん。私も、お兄ち
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