街は墓場のように静まり返っていた。
時刻は昼前だというのに、空を覆う暗雲のせいか辺りは夜明け前のように薄暗い。
通りをにぎわす人々も、かつては響いていた子供たちの声も今は無い。
ただ静寂のみが横たわるだけだ。
その静寂を破るように、通りを覆う敷石の一部分がごとごとと動いたかと思うと、敷石が持ち上がっては横にずれて、そこに四角形の穴があいた。
続いて、獣耳を生やした少女がゆっくりと顔を出し、辺りを見回す。
ラタトスクのミールだ。
ミールは誰もいない事を確認すると、身軽な動きで路上に上がった。
続いて、イーサンとプラムが穴から上がり、最後に追手を警戒していたエドが上がると、敷石をもとに戻して抜け道を隠した。
「ふっふっふー、どうよこのトンネル。中々のものでしょ。街に入り込むために掘ったんだよ」
ミールが得意げに言った。
「それじゃ、隠れ家に案内するからついてきて!」
それから明るい声で言うと、一行を先導して歩き始める。
しかし、皆の顔は暗い。
特に、プラムの表情は、頭の中は常に春とまで言われるパピヨンとは思えぬほど、絶望が滲んでいる。
イーサンはこんなプラムの表情を見たことが無かった。あの雪原の洞窟の中で死を覚悟した時でさえ、弱気を見せなかったプラムが。
イーサンはプラムの肩を抱きながら歩いた。プラムが絶望に追いやられているのを見るのは耐えがたかった。
「大丈夫か?」
イーサンの心情を読んだのか、エドが声をかけた。
「なんとか……」
「あれで、励ましてるつもりなんだ。しょぼくれるよりは笑っていた方がいい、というのが信条でな」
「ええ、分かります」
分かってはいる。だが、恩人を見殺しにしたことを、そんな簡単に整理できるはずがない。
歩きながら、街の中を見渡す。
人の気配は無く、並んでいる家々は沈黙している。
いや、耳を澄ませば家の中から物音や話し声が聞こえてくる。しかし、それがあまりにもこそこそとした小さな音だったので、果たしてそれが人によるものなのか、それとも通りを風が吹き抜ける音なのか、イーサンには分からなかった。
「監視に怯えているんだ」
エドが言った。
「主神騎士団は、街を閉鎖した直後に声明を出した。『魔物を憎め、隣人を疑え、密告しろ。この街に巣くう魔物を全て駆逐すれば、街は解放される』とな」
「それで、彼らは本当に街を解放するんですか?」
「いや、住民をコントロールするのが目的だ。住民同士が疑心暗鬼になれば、団結して主神騎士に対抗しようとはしなくなるし、仮に本当に魔物が密告されれば、それでいい。一石二鳥というわけだ」
「なるほど……」
「ついたよ!」
ミールは一軒の廃屋の前で足を止めた。
イーサンは、うげっという声を出しそうになった。それほどまでに酷い有様だった。
元は酒場であったろう建物は背の高い雑草に囲まれており、窓ガラスは割れ、壁のあちこちに穴があいている。
窓から覗く内装も、数年間放置したように荒れきっていて、とてもじゃないが人の住めるような場所ではない。
「ここが隠れ家ですか、本当に?」
「そうだよ。何か問題でもある?」
ミールはにやりと笑みを浮かべている。
「問題も何も、人が住めるような場所じゃ……」
「まあ、見てなって」
そう言うと、廃屋の入り口まで行き、鍵を取り出すと扉の鍵穴に差し込んだ。
「さあ、入って。ゆっくりくつろいでいいからね」
ミールは手まねきするが、廃屋に何も変わりはない。
ためらっていると、エドが先に扉を開けて中に入った。
その迷いのない動きに驚きながらも、イーサンも扉を開けて中に入った。
扉の先は、魔物娘の酒場だった。
魔法技術が使われた、永久に消えない炎のランプのおかげで店の中はとても明るかった。
何十台ものテーブルが置かれていて、多種多様な魔物娘が料理が乗ったお盆を持って行き来している。
その料理のどれもが、今作ったばかりのように湯気が立っていて、酒場の中をおいしそうな匂いで包み込んでいる。
テーブルに着いているのは、意外なことに人間が多い。中には家族連れで料理を楽しんでいるテーブルもある。
「ここは、さっきの街のような状況に巻き込まれた人々のための『避難所』だ」
イーサンの疑問を先回りして、エドは言った。
「魔王軍による街の占拠は、確実に領地を広げる方法だが、欠点もある。あの街のように、住民を人質に取るような方法を取られた場合、魔王軍による手出しが難しくなる。だから、占拠する予定の街の内部に、秘密の転移門(ゲート)を作って、この避難所で住民を保護するわけだ」
ミールが近くを通りがかったラミアにいくつか注文をして、一行はテーブルに腰を下ろした。
隣の席のプラムは酒場の中を興味深そうに眺めていたが、サリアの事を思い出したのかすぐに暗い表情に戻ってしまう。
「プラム……大丈夫か?」
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