止まって死ぬか、進んで死ぬか。
イーサンは思った。2つに1つだ。
雪の激しさは増すばかりだった。
今では、数歩先すら見通すことができない。
足首まで積もった雪が、そのうち膝まで達して、身動きが取れなくなるのも時間の問題だった。
雪原に入ってから、もう何日も経過しているように感じる。
方角は間違っていないはずだった。歩いている方向が北に逸れたら山に当たり、南に逸れたら森に当たるはずだからだ。
心配なのはプラムだった。
あの最悪の街を出てから、ほとんどしゃべっていない。
何度話しかけても、「うん……」としか返事をしない。
背中に感じる熱は、火を入れたかまどのように熱い。
魔物は病気にならないと聞いているが、未知の病気か何かかもしれない。
食料はとうに尽き、数日間も何も食べていないのも関係しているだろう。
イーサンは考えるのをやめて、歩くことに集中した。
とにかく前に進まなければならない。足を止めたら死ぬしかない。
吹雪が一瞬止んで、前方に視界が開けた。
イーサンは落胆した。目の前に、崖壁がそそり立っていたからだ。
北に逸れたな。と思った。こうなっては山間に入り込むか、吹雪をしのげる場所を探すしかない。
イーサンは崖壁に沿って歩き出した。
手はかじかみ、体をどんなに動かしても冷たい空気がナイフのように腹をえぐる。
背中からプラムが呼吸する音がする。ゆっくりとした細い呼吸だった。その呼吸が止まるかもしれないと考えると、恐ろしくてたまらなかった。
「……れ」
プラムがかすかに言った。
「どうした?」
イーサンは恐怖した。
それがプラムの最後の言葉かもしれないと思ったからだ。
「あれ……」
プラムは節足を上げて、前方を指した。
そこに、崖壁の中にえぐりこむように、洞窟が掘られていた。
「あれか、分かった」
イーサンは洞窟に近づいた。
さほど深くない横穴だったが、吹雪をしのぐには申し分ない。
幸運に感謝しながら、イーサンは中に入った。
中には何もいなかったが、恐ろしく冷え切っていた。
イーサンはプラムを下ろして、雪で濡れたローブを脱がしてから壁にもたれさせた。
それから荷物を置いて、体についた雪を払ってから、イーサンはプラムに寄り添うように腰を下ろした。
気を抜くと、どっと疲れが出てきた。
すぐ隣では、プラムの細い呼吸が続いている。
イーサンは体を起こして、洞窟の外に出た。
一面の白世界の中から、降ったばかりの新しい雪を手のひらですくって洞窟に戻る。
プラムの隣に座ると、雪を口に含んで溶かしてから、プラムに口移しで与える。
こくり、こくり、とプラムが水を飲むのを感じて、イーサンはほっとした。
まだ大丈夫だ。吹雪が止んだら、外で何か探してこよう。運が良ければ、野草か木の根が見つかるかもしれない。
そう考えた時、プラムが口の中に舌を潜り込ませてきた。
不意打ちのようなディープキスに抗えず、イーサンは舌を絡め返すしかない。
口を離すと、熱に蕩けた目でプラムは見つめてきた。
「イーサン」
「なんだ?」
「抱きしめて」
それだけ言った。
イーサンがプラムを抱きしめると、甘い匂いが漂ってきた。
冬にはありえないはずの、花の匂い。
むせかえるような、蜜の匂い。
それはプラムの触角から漂ってきて、イーサンの鼻に入り、胸に熱を帯びさせた。
その時、イーサンはペニスが勃起していることに気が付いた。
痛いほどにズボンを押し上げては、自らの存在を主張している。
「触って」
プラムが身体を押し付けてくる。
出会った頃よりも遥かに大きくなった胴体と、変わらぬ幼い上半身の境目。
指で撫でるとそこは、しとどに濡れそぼっていた。
イーサンは思った。忘れていた。魔物娘は人間の精からも栄養が補給できることを。
しかし、こんな寒い場所で交われば、命の危険があるのではないか。
首を振って、その考えを払いのける。
構うものか。プラムが元気になるなら、そのくらい安いものだ。
イーサンは、コートとシャツ、ズボンを脱いで全裸になった。
コートを地面に敷いて、その上に座ってプラムを抱きしめる。
横向きに寝れば、ごつごつした地面もたいして気にならない。
プラムの赤らんだ顔が目の前にある。
期待するような、急かすような目が、イーサンを見つめる。
「プラム」
ここで言ってしまおうと思った。
一度交われば、あとは全てが終わるまで、無我夢中になって何も言えなくなる気がした。
手を伸ばして荷物の中をまさぐり、小さな革袋を取り出す。
夜明花の種が入ったあの入れ物だ。
「俺が死んだら、俺の身体を喰って、生き延びてくれ。それで、これを、頼む」
イーサンは革袋を見せながら言った。
悲しくて声が震える。
プラムのために死ぬのは怖くない。ただ、もう二度とプラムと会えなくなるのが悲しかった。
辛いこともあった
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