「次」
街の門の前で、神官兵士は事務的に言った。
神官服を士官風に仕立て直した制服を着て、神経質な手つきで禁制品のリストをめくっている。
街道に沿って伸びる列の先頭に立つ男が、神官兵士の前に歩み出る。
商人風の男で、背には大きな荷物を担いでいる。
「何の用で来た?」
「商売です」
「品物は?」
「へえ、桃の瓶詰めです。東から苦労して運んできたもので」
「見せろ」
神官兵士が言うと、男は荷物を下ろして、中から瓶を取り出した。
白い果実が、砂糖漬けにされて詰まっている。
「昨年で一番上等な桃を、これまた一番上等な砂糖で漬けたものです。一口食べれば頬が落ちるような甘さ。それでいて、くどすぎない上品さがあり……」
神官兵士は、異端審問官よろしく険しい目で瓶詰めを眺めてから、その目を男に向けた。
「虜の果実だな?」
虜の果実。中毒性のある魔界の果実で、食べればその高い中毒性に文字通り虜になってしまうという危険な果実だ。
しかも、人間の女性が過度に食べれば、食べるうちにその体がサキュバスのものに近づいていくという。
それゆえに、主神教会の庇護下にあるこの街では禁制品となっている品だ。
「い、いえ!そんな!本当に桃なんですよ!ほら!」
「慌てた様子が怪しいな。おい、こいつを搾ってやれ。魔王軍の手先かもしれん」
「待ってくれ!本当に桃なんだああああああ!!!」
門を守っていた二人の兵士が、両側から男の腕をがっちりと抱えると、荷物ごと詰所まで引きずっていった。
神官兵士は、リストの連行人数の箇所に棒線を一つ加える。
仕方ない。信仰を守るためには多少の犠牲は必要だ。
「次」
列から歩み出たのは、少女を背負った男だった。
旅用の質素なコートを着込んだ男で、肩からかけた旅用カバンのぎっちり詰まった荷物を見ると、かなりの長旅をしてきたことが分かる。
少女は厚手のローブで体を包み、フードからわずかに覗く顔は青虫めいた緑色に染まっている。
「何の用で来た?」
「妹が病気なんです。この街に治せる人がいると聞いてきました」
「荷物を見せろ」
男は少女を背負ったまま、器用にカバンを地面におろした。
寝袋、衣服、それと長旅とはいえ心配性なくらいの大量の食糧。
特に怪しいものは見当たらない。
だが、神官兵士の目は少女に向けられていた。
「その子、病名は?」
「わかりません。町の医者に見せたら、とにかくここに行けと言われて……」
「病名がわからない?」
神官兵士の異端審問じみた目が、男に注がれる。
「病名が分からない?もしや、その娘は魔物なのでは?」
「本当に病気なんです。お願いです。妹が死ぬ前に中に入れて下さい」
「わざわざ魔物を街に入れると思うか?この魔王軍の手先……」
神官兵士の手が、腰の剣に伸びる。
男は冷や汗をかきながら、それを見ているしかない。
魔物め。
神官兵士は憎悪する。
この魔物どもめ。主神様の加護を受けられぬ、未完全な生物め。その邪悪の一片すらこの街に入れてなるものか。
この街は神に愛された聖域だ。侵されてはならぬ領域だ。祝福された街の民を守るためなら、年端のいかない少女でも斬ってやる。斬ってやるぞ。そのきれいな目と幼い体で、俺をいつも誘いやがって。主神の名においてその誘惑に打ち勝ってやる。今日も!明日も!これからも!
「もうよせ」
割り込んできたのは、別の兵士だ。
神官兵士と同じ制服を着て、同情する目を少女に向けている。
「通してやれよ」
「しかし、魔物である可能性が……」
「これならどうだ」
そう言うと、兵士は手のひらを少女に向けた。
兵士の呪文を発すると、青白い光が少女を包み込む。
しかし、少女の身体に変化はない。
「スペルブレイクをしても、変化なし。人化の魔法もないぞ」
「それは、そうだが……」
反論に詰まる神官兵士を置いて、兵士は門を押し開けた。
大きな木製の門がきしみながら、人が通れるだけの隙間を開く。
「ようこそ、この街は君たちを歓迎するよ」
兵士はそう言って、男と少女に中に入るように促した。
「うまくいったね」
イーサンに背負われたプラムが、ほっとした声で呟いた。
「まだ油断するなよ。水と食料を買ったらすぐに出発だ」
「えー、たまにはゆっくりとベッドで寝れると思ってたのに」
「主神教団のやつらに火あぶりにされたいなら、いくらでも寝かせてやるぞ」
イーサンは雑貨店を探して、街の中をさまよう。
かなり前に一度だけ来たことがある街だが、その様相はがらりと変わってしまっていた。
街のいたるところに魔物の賞金ビラが貼られ、『魔物は叩き出せ』『魔物は邪悪』『主神様の御名において』などの威圧的な文字が威嚇している。
それと、街を包む空気に活気がない。
まるで、見えない巨人の手が街全体を上から押し潰しているような、そんな空気だ。
息が詰まる
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