前編

「先輩、もう寝ましょうよ」
「ダメ。これが完成するまで寝るわけには……」
ルーニャ・ルーニャ・サバトの支部。その一室で、ラタトスクのミールは作業机に向かっていた。
蝋燭に照らされた作業机には、大量の小説原稿が散らかっている。
隈だらけの目をぎらつかせながらペンの手を止めないミールを、がっちりとした体格の青年が心配そうに眺めている。
「でも、もう三徹目ですよ。寝ないと身体が持ちませんよ」
「いい?『マジカル☆バフォメットちゃん Another☆storyアンソロジー』の締め切りは明日なの!芸術に昼も夜もない!」
椅子から垂らした大きな尻尾で、ぽふぽふと青年をどつきながらミールは言った。
『マジカル☆バフォメットちゃん』は魔界で大人気の大衆娯楽小説である。ラブコメあり、バトルあり、もちろんエロもてんこもり。
バフォメットの少女が『お兄ちゃん』をモノにするために、あらゆる魔法を使って大活躍する物語であり、強大な力を持つがために素直になれないバフォメットちゃんと、一途な思いでバフォメットちゃんに尽くす『お兄ちゃん』の恋愛模様が魅力である。
ミールもその魅力にとりつかれた一人であり、サバトの任務の合間にこうして二次創作小説を書くことに並みならぬ熱意を傾けている。
「明日は任務があるとか言ってませんでした?反魔物国家で情報操作するとか」
ミールの後輩のエドが言った。ミールの任務は反魔物国家テンバートに潜入し、小規模な傭兵団や主神教団の部隊に誤情報を流し、魔物娘たちの住処や魔王軍の野営地に誘導することである。
そして誘導された彼らは、めでたく魔物娘の餌食となり、反魔物国家の力は徐々に削がれていく。
大規模な戦闘が起これば、どんなに気を配っても死者が発生してしまう。
そのため、普段から少しずつでも戦力を削ることで、起こりうる戦闘の規模を減らしていくのは重要な任務である。
そのような大切な任務を明日に控えながらも、ミールの手は止まらない。
「だからこそ、今しかない!今しか書く時間が無い!」
ミールは懐から白い錠剤の入った小瓶を取り出すと、一気にあおった。
ザラザラザラ、と錠剤はミールの口に流れ込んでいく。魔力を欲する魔物が飲む、精補給剤である。普通の食事よりも魔力を効率的に補給できる便利な薬だ。サバトの魔女にも使用者が多く、信頼性が高い。
しかし、その味は最悪である。
「ウヴォエ!!!まずっ!!!紙粘土よりまずっ!!!」
ミールは錠剤のほとんどを、足元のクズ籠に吐き出してせき込んだ。
「先輩、無理しちゃダメですよ。おとなしく寝ましょう」
エドが背中をさすると、ミールは口を拭って身体を起こした。
「うー……なんか日に日にまずくなってる気がする……けど、元気は出た!これで書きまくる!」
「ダメです。寝ないと身体によくないですよ」
「書く!」
「ダメです」
「書く!」
「寝ろ!!!」
突然、ミールの背後に一人の魔女が現れ、分厚い魔導書をミールの頭に叩きつけた。
「うわばらっ!?」
ミールはばたりと、作業机に突っ伏した。そしてそのまま、ぐーぐーといびきをかき始めた。
「まったく、うるさいったらありゃしない」
「アルラさん、助かりました」
「いいのよ、このバカはこうしないとテコでも動かないから」
先がとんがった魔女帽子を頭にかぶり、ルーニャ・ルーニャ・サバトの制服を着た魔女は呆れたように言った。
アルラはミールたちの上司であり、転移魔法の達人だ。
ミールたちのようなサバトの任務に就く者を反魔物国家に送り込む役目を持つ、ルーニャ・ルーニャ・サバトの幹部である。
「明日は、先輩の代わりに俺が任務に行きます。先輩は締め切りに追われてますから」
エドはミールを抱え上げて言った。ラタトスクの太い尻尾がぶらんと宙に揺れる。
「大丈夫なの?」
「ええ、先輩に付いて回っていたんで任務の仕掛けも分かっていますし、あとは標的の教団部隊に地図と情報を渡すだけです」
「そう。ならいいけど。度し難いわね」
アルラは作業机の上に転がる小瓶を見て、眉をしかめた。
「男の目の前で、精補給剤を飲むって相当ひどいわよ。うちのお兄ちゃんなら激怒するわね」
「先輩は、俺よりも小説の方が好きみたいで」
エドは腕の中で眠るミールの頭をそっと撫でた。
「好きにさせてあげたいんです」
「まったく、そこまで言うなんて」
「命の恩人ですから」
アルラはため息をついた。エドの一途さを見ると、ミールの尻を蹴り上げたくなる。
「それじゃ、もう寝なさい。明日はしくじらないようにね」
「分かりました。おやすみなさい」
アルラはひらひらと手を振ると、転移魔法で姿を消した。
「先輩、原稿がんばってください。俺も任務をがんばりますから」
エドは腕の中でぐっすりと眠るミールにささやくと、寝室に向かって歩き出した。




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