夏 港町にて


「はぁ、これで最後か」
イーサンは汗を拭うと、波止場を見回して一つも積み荷が残っていないか確認する。
刺すような日差しが肌をじりじりと焦がし、汗が滝のように吹き出る。
海から吹きつけてくるべっとりとした潮風が、心地よく感じられるくらいだ。
「おつかれさん」
帆船から、舷梯をつたって船長が降りてきた。
肌は燻した鉄のように黒く焼け、くしゃくしゃの紙巻きタバコを咥えている。
「これが今日の分だ」
「ありがとうございます」
布袋に入った賃金を受け取ると、中身を確認する。
銀貨5枚。一日の労働にしては金払いがいい方だ。
「おいおい、そんなに俺が信用できねえか?」
「いえ、そういうわけじゃ」
「冗談だよ。それと、こいつはおまけだ」
そう言うと、船長は銀貨3枚をイーサンに差し出す。
「これは?」
「お前の連れの分だ」
「プラムが何かやらかしたんですか?」
イーサンはぞっとした。
まさか、人の飯を横から食ったのではないか。いや、もしかしたら船に入り込んで食料をあさったのかもしれない。
この銀貨3枚はプラムが船の食料として、既に積み込まれた分なのでは?
「やらかしたって、そういうのじゃねえよ。うちのバカ共が酒場で喧嘩してな。おまえのとこのグリーンワームが止めてくれたんだよ」
「そんなことが……」
おそらく、プラムの触覚から出る匂いで止めたのだろう。あの気が抜けるような匂いなら、喧嘩だって止められるはずだ。
「お互いにナイフまで抜き出す大喧嘩でよ。止めてくれなきゃ、ひどいことになってた。それでうまい物食わせてやってくれ」
「わかりました」
イーサンは銀貨を懐にしまい、帆船を眺めた。
堂々とした3本マストの帆船が、夏の日差しを背にして雄大に浮かんでいる。
船首には波を切り裂くための頑強な衝角がついており、船長の奥さんであるマーメイドをモデルにした胸像が大海原を見下ろしている。
何度も補修して分厚くなった外板と、日に焼けて色が変わったマスト、船長自慢の帆船は歴戦の老クジラを思わせる威光をたたえて鎮座していた。
イーサンは、その威容たっぷりな帆船を存分に眺めながら聞いた。
「どこまで行くんですか?」
「コートアルフだ。こっちで穀物を積んで、あっちの特産品ととっかえて帰ってくる。今はコートアルフの物が流行っているから、これが金になるのさ」
なるほど、それが金払いがいい理由だな。とイーサンは思った。
アル・マールのマーリアングラスや、マトリの歌詠みの貝殻といったコートアルフの特産品が、この港町の市場に並んでいるのを見たことがある。
偽物も多いが、船長が見せてくれた本物のマーリアングラスは、世界の果ての海のような透き通る青色をしていたのを覚えている。
「お前はどうする?ここに落ち着くのか?」
「いえ、故郷に帰ります」
おそらく、船長に頼み込めば、7つの島の楽園まで乗せてくれるだろう。
それか、この港町で自分にあった仕事を探すのもいいかもしれない。
親魔物派のこの町なら、プラムも安心して暮らせるはずだ。
だが、イーサンには故郷に帰らなければならない理由があった。
「あなたー!」
声の方を見ると、帆船の甲板から、一人のマーメイドが手を振っていた。
「おう、今行く!かみさんに呼ばれちまった。それじゃ、気をつけてな」
「そちらも気を付けて」
「あたぼうよ。こいつに何年乗ってると思いやがる」
ガハハと笑いながら、船長は舷梯を上がっていった。



「ただいま」
「おっかえりー!」
イーサンが宿に戻ると、プラムは動きにくそうな体の割に素早い動きで駆け寄ってきた。
部屋の中は涼しかった。宿のおかみさん曰く、魔法が得意な魔物が発明した、空気を氷魔法で冷やす結界を張っているという。
プラムと共に過ごすようになってから、3ヶ月が経った。
最初は、山脈の向こうの街に着いたら別れようと思っていたのだが、プラムを無一文で放り出せば間違いなく野垂れ死ぬと思って別れるのをためらってしまい、それ以来ずるずると一緒に旅をしてきている。
今となっては、良き相棒といった関係になっていた。
「ねえねえ、今日のごはんは?」
「魚のフライだってよ。お前の分は特に大盛にするって、おかみさんは張り切ってたぞ」
「わーい!フライ♪フライ♪」
プラムは自分の体で輪を描くように小躍りする。
この宿の一階はおかみさんが経営する食堂になっており、プラムは料理を大量に、しかもおいしそうに食べるためおかみさんから特に可愛がられている。
もちろん、食べた分は宿賃を上増しされるのだが。
「まったく、お前が多く食べるせいで、女を買いに行く金もないぜ」
実は、今までの蓄えと今日貰った賃金を合わせれば、女を買いに行く余裕がないことも無い。
だが、それをしない理由があった。
「ふーん?じゃあ、今日もする?」
にやりと笑って、プ
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