第四層は資料区だ。所狭しと本が詰まった本棚が、粗末な内装の中に並んでいる。
そのほとんどが、魔物が使う魔法の本だったり、魔界の情報が書かれた禁書なのだが、そのすべてが魔法によって聖書めいた外装に偽装されている。
「ここは資料室だ。教会の歴史書とか聖歌の本が並んでいる」
「興味ねえな。教会の歴史なんて知ったこっちゃねえ」
グリンバルトは興味なさそうに言う。
「なあ、エド。教会の魔法書もここにあるのか?」
興味津々に聞いたのは、魔術師のエムリスだ。
「いや、そこまでは分からんな。ここは俺の担当じゃないし」
「もしかしたら、私が力になれるかもしれません」
本棚の陰から姿を現したのは、一人のシスターだった。
人化の魔法で、人間の少女の姿になったパスティナだ。
オレンジ色の髪を垂らし、薄手の黒いローブが少女の身体つきを際立たせている。
「ああ、パスティナかちょうどよかった」
もうちょっとシスターらしい厚手の恰好をしてください。と言いかけるのを我慢しながら、エドはパスティナに言った。
「良ければ、エムリスを案内してやってくれ。教会の魔法に興味があるらしい」
「分かりましたわ。それでは、エムリスさん。こちらにどうぞ」
パスティナはエムリスの手を取って、資料室の奥へと導いていく。
「そんじゃ、少し調べ物をしてから行くわ。先行っててくれ」
「お、おい、エムリス」
「いいじゃないか、隊長。最後に好きにさせてやろうぜ」
グリンバルトが止めようとするのを、エドは止めた。
「……ああ、それもそうだな」
「次で最後だ。隊長にはとっておきのものを見せてやるよ」
先に螺旋階段降りていくエドの背中に疑惑の目を向けながら、グリンバルトはそれに付いていった。
「こりゃ、すげえ……」
エムリスは興奮していた。
机に積み重なった魔法書は、どれもエムリスの知らない魔法ばかりが書かれており、教会の監査が入れば一発で禁書扱いされるものばかりだった。
「こんな掘り出し物が、ここにあるなんてな」
「お気に召しましたか?」
「ああ、こんなに貴重な魔法の本があるなんて」
「エムリス様に喜んでもらえるなら、私も嬉しいですわ」
パスティナは優雅な微笑みをエムリスに向ける。
エムリスは思った。最高の魔法書と、美人のシスター。ここでしばらくゆっくりするのも悪くないな。
「んん?」
魔法書をめくっていくうちに、エムリスはある事に気づいた。
魔法書に書かれている魔法のどれもが、人間が使うことを想定していないのだ。
ぱらぱらとページをめくっていくうちに、エムリスの予感は的中していく。
一旦本を置いて、別の本を開いても同じ。術者を指して使われる言葉は……
「魔物……か。なあ、パスティナちゃん」
「なんですか?紅茶がご所望でしたら、淹れてきましょうか?」
「いんや」
エムリスは椅子から立ち、机に立てかけた杖を握ってパスティナに向けた。
「ちょっと聞きたい事がね!」
杖の先から電撃がほとばしった。
が、電撃はパスティナを覆う、透明な壁に阻まれた。
「魔力障壁……!やはり魔物か」
「ふふふ、ご名答ですわ。エムリス様はやはり頭のよろしいお方」
人化の魔法が解け、パスティナの足がスキュラの触手、タコのような八本足に変わっていく。
「褒められても、嬉しくねえよ!」
エムリスは杖の先から炎弾を放つ。
それをパスティナは、またも魔力障壁で阻んだ。
「ふふ、可愛らしい魔法……」
「可愛らしい、だと?」
「ええ、ザッハーグから魔法を学んだ私にとっては、どれもこれも、子供のお遊戯に見えますわ」
エムリスの額に青筋が浮かぶ。
「お遊戯だと……?俺は……」
「レスカティエ魔法学院の主席。そう言いたいのでしょう?」
「なんでそれを……」
パスティナは笑みを崩さずに言う。
「レスカティエ魔法学院を主席で卒業したあなたは、主神教団の特殊魔法部門に就職。けど、皆から期待されたあなたは、たった一年でそこを辞めてしまった」
「……お前にゃ、関係ないだろ」
エムリスは思い出す。魔法を学び出したのは、自身が魔法に向いていたからだけではない。
傭兵の父に育てられたエムリスは、戦場で手足をなくしたり、心に深い傷を負った父の友人たちを見て育った。
そんな彼らは、エムリスを子供だからと見下すことも無く、一人の友人として扱ってくれた。
エムリスは彼らを救うための魔術を学びたかったから、必死に勉強し、魔法の極致を求めて主神教団の中に入り込んだのだ。
しかし、そこで行われていたのは、ただひたすらに魔物を倒すために魔法を開発する非人道的な実験だけだった。
ただ魔物を滅するため。ただそれだけのために魔法を使う。傷ついた人間は必要な犠牲にすぎない。
失望した。エムリスは捕らわれていた魔物を逃がし、レスカティエから逃げ出したのだ。
「あなたは戦場を渡り
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