俺の両親は俺が中学を卒業してすぐに亡くなった。
二人とも職場が一緒で、出勤中に他の車と衝突したらしい。
それ以来、ずっと俺は一人だ。
俺には四つ離れた姉貴がいる。姉貴は両親と仲が悪く、高校を卒業した後すぐに家を出て行って、帰ってくるのは年に二、三回。そしていつも突然で、帰ってくる度親と喧嘩してまたどこかへ行ってしまう。
両親が居なくなってからも、変わらずの周期で帰ってくる。今度は親も居ないせいか、彼女が居る時間はいつも短く感じる。
たまに帰ってくる時、俺は一回尋ねた事がある。どこで何をしているのか。
すると彼女は海外を転々としている、と答えた。姉貴は世界では有名なファッションデサイナーで、仕事も多忙らしい。たまに帰ってくる理由は気まぐれだそうだ。
俺は高校には通わず、週に二、三回のバイトで生活している。親の保険や遺産もあってか、生活するのにそう苦は無かった。
そうして三年。特に変わった事も無く人生を過ごしていると、何だか自分は何のために生きているのか分からなくなった。
昔から将来の夢とか、やりたい事も無く、人を好きになったり、嫌いになったりする事も無く。結局どうでも良い様なバイトに就いて適当に愛想笑いを浮かべて、そんな人生で何が楽しいのか。
何の感動も無く、ただ一人で。
そんな時だった。俺は近くの小さい山に脚を運んだ。理由は自分でも分からない。それこそ姉貴の気まぐれみたいに。
そして山頂の崖付近にたどり着いた時だ。あの女に会ったのは。
その日から十日がたった。
俺がバイトから帰ってくると、一人の女が俺を出迎えた。
「お帰りレイジ。ご飯にする?お風呂にする?それとも……わ・た・し?」
「どこでそんなもん憶えたんだお前は?」
アンジェラ・ナイルと名乗ったこの女は、異世界から来た魔物のダンピールらしい。
彼女はこの家に居ついてから、家事を手伝い、たまに元の世界に戻るために、近くの山を調べに行ったりしている。
「どこでって、テレビでやってたんだよ」
「そうか。よくそんな古いネタがテレビで流れたな。
……ところでだ」
「何だい?」
俺はこの女の姿を改めて見やる。
後ろでまとめた金髪に、ルビーを思い起こさせるような赤く鋭い目の端正な美貌。そして、その顔が作る表情はそのどれもが妖艶さを伴っている。
その顔の下で問題が発生していた。
「何でお前はエプロンしか身に着けてないんだ?」
アンは今、素肌の上にエプロン以外何も身に着けていない。俗にいう裸エプロンだ。
「この恰好でレイジの理性を吹き飛ばすためさ!」
「残念だったな。俺の理性は吹き飛んでない。さっさと服を着ろ」
俺はアンをあしらって玄関を上がり、食事が出来ているのを確認して席に着いた。
「も〜!せっかく裸エプロンしてるのにその反応は無いよ!」
「五月蠅ぇ。毎日下ネタばっかり見せられてるこっちの身にもなれ」
アンは出会ってから今まで、毎日俺に行き過ぎたアプローチばかり仕掛けてくる。最初の内はかなりビビったが、こうも毎日されるとさすがに対応能力も身に付いてくる。確かに彼女の体は魅力的だが、元々そう言ったものに興味が無かったのと免疫力上昇によって普通に対応できている訳だ。
「は〜、こう毎日毎日アピールしてるのに一向になびかないなんて、魔物としての自信が削がれちゃうよ」
「そうか。分かったからさっさと着替えろ。飯食うぞ」
「は〜い」
アンは落ち込んだ様子で部屋を出ていき、すぐに服を着た状態で戻ってきた。
ワイシャツにジャージズボンと簡素な服装だ。
アンに着せているのは姉貴の昔の服だ。前来ていた服はとりあえずあまり着ないようにと注意した。たまに外に出る時にかなり目立つからだ。露出度も高いしな。
「いただきます」
「いただきま〜す」
今俺たちが口に運んでいるのはカレーだ。アンはかなり料理が上手い。世界中を旅していた時に色々とレシピやらを貰い、様々な料理を有り合わせで作っていたらしい。そのせいか俺が見た事も無い料理もたまに作っていた。
「これ、材料はどうしたんだ?とてもレトルトとは思えないんだけど」
「スパイスからだよ。旅で使っていたバッグに入れてあったのを使ったんだ」
「へぇ、うまいな」
俺が何気なく褒めると、アンは素直に喜んで笑顔を見せた。
「ふふ、ありがとう!嬉しいよ!」
こう言う時のアンは正直可愛いんだがな。
しかしこれを口に出してしまった途端調子に乗るから黙っておこう。
「あれ、どうして笑ってるの?」
え?
ふと、スプーンを持った手が止まる。
「……俺、笑ってるのか?」
「え?うん」
「…………」
「レイジ?」
「……あ、いや、何でもない」
俺は取りあえず食事を再開した。
俺はなぜ笑ったのだろう。
ふと、そんな風に思う。
俺は、そこまで感情が豊かな訳じゃない。表情も同じくそうだ。
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