自慢の息子

出発から六時間。
太陽はちょうど真上に上がり、気温も暖まってきたころ、港町アーカムまでたどり着いた。
「やっと着いたわね」
「疲れた〜」
「……」
こまめに休憩を入れながらここまで歩いてきたが、流石に疲労が貯まっていた。トニーは疲れきっているのか先程から一言も発していない。
だが、本題はここからだ。疲れている暇はない。
「トニー、どうする?」
「……ん?」
「休憩してから会いに行くか、それとも今会いに行くか」
「……今だ」
そういうと、トニーは疲れも忘れて走り出した。


結果から言うと、トニーはお父さんと再会できた。
そして、私達が駆け付けた時には既に口げんかに突入していた。
「ふざけんな
#8252;人を突き落としといて謝りもしねぇのか
#8252;」
「ふん、家を出たいっ言ってただろう!そうしたまでだ!むしろ感謝してもらいてぇな」
「こっちは危うく死にかけたんだぞ
#8252;」
「生きてるから良いじゃねえか」
「良くねぇよ
#8252;」
「……お邪魔しまーす」
トニー宅に着くと、ミラが戸を開く。
すると、口げんかがピタリと止まり、二人の視線が私達に向いた。
「……おい、この嬢ちゃん達誰だ?」


……………………


「そうか。あんたらがうちの息子をな……」
トニーのお父さん、トーマスさんは先程とは一変、落ち着いた様子で私の話を聞いていた。
ここには私とトーマスさんの二人きりだ。トニーは口げんかのせいか家を出ていってしまった。ミラはそれに付いて行っている。
「家に顔を出したのは私がそうする様に言ったからなの。貴方がトニーを突き落としたのを後悔してるんじゃないかって」
トーマスさんは顎を撫でため息を吐く。
「そうか。あいつ反対しただろう?」
「ええ、最初は」
「はは」
トーマスさんは小さく笑う。
だが、すぐに顔を俯かせた。
「ありがとな。連れて来てくれて」
「……やっぱり後悔を?」
「しない訳ない。あいつは自慢の息子だからな」
「……?」
言っている事と態度が一致しない。
「トニーには何であんな態度を?」
「あいつ、やれば何でもできんだ。家事にしたって料理にしたって、音楽、絵画、何でもこい。母親に似て見た目も良いし、極めつけは女にモテる」
確かにモテる。
「だが、昔な、あいつが『漁師になりてぇ』って言ってきたんだ。その時以来俺はあいつを立派な漁師に育てる事を誓ったんだ」
「それが、あの態度の理由?」
「ああ。それが一番良いやり方だった。少しダメ出しすりゃ、すぐ直して来やがる。その度に嬉しくてな。褒めてもやりたかったが、それでももっと上を目指して欲しかった。だから俺はあいつにダメ出しし続けた」
……。
「だが、この前突き落としたのは失敗だった。いや、その前の一言が問題か」
「一言?」
「『お前には向いてない』ってな」
「…………ぁ……」
「あの一言を言っちまったせいで本気であいつを怒らせちまった。あの一言のせいで口げんかになって、俺もとうとうキレちまって……、突き落とした
#8252;」
トーマスさんは頭を抱えた。
「…………」
「俺は後悔したんだ。やり方を間違えたんじゃないかって、もっと優しくした方が良かったんじゃないかって、そうすりゃ、あいつを突き落とさなくて良かったんじゃないかって、これ以上ないくらい後悔したんだ
#8252;」
トーマスさんは泣き出した。自分のした事を後悔して。
「…………」
私は何も言えなかった。慰める言葉も思い付かず、ただトーマスさんを見詰めていた。
「…………ッ!」
胸が、締め付けられる。

少しして、トーマスさんは泣き止んだ。
赤くなった目をこすり、彼は私を見る。
「ありがとな、あいつを助けてくれて」
トーマスさんは笑顔を造る。
「もしあんたらがうちの息子を助けてくれなかったら、俺はもうすぐ自殺する所だった」
「……!」
「ありがとう、あいつの顔をもう一度見れて、本当に良かった……
#8252;」
トーマスさんは笑いながら、また泣き出した。


……………………


「……クソッ!」
その頃、トニーは自宅の前で泣いていた。漏れた話し声を耳にして、ミラに優しく見守られながら。
「良い親父さんじゃないか」
「……ふざけんな…………、クソッ………!」




暫くして夕方、トニー達が戻ってきた。
四人でテーブルを囲み、沈黙を守ったまま食事をする。
私達はテーブルに並べられた料理を黙々と食べている。
だが、最後までは続かなかった。

「親父」

トニーが沈黙を破った。
トーマスさんは返事をする。
「……何だ」
「俺、家を出る」
「…………」
再び沈黙が戻ってきた。
私とミラは何も言わない。これは二人の問題だ。
少しして、トーマスさんが口を開いた。
「勝手に出ていけ、クソボウズ」
トーマスさんは笑う
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