朝とパジャマと試合

少年が焼野原で一つの死体を眺めていた。
女性だろうか、端正な顔立ちはまるで人形の様で、長く滑らかな質感の赤髪に大きく膨らんだ胸部、括れた腰は魅力的だった。しかし、腹部に弓矢が一本突き刺さっていた。彼女はもう動かない。
少年はただじっと、その死体を眺めていた。あたりには誰も居ない。もう嵐は過ぎた。
しばらくして、少年はそこに散らばっていた死体を集め出した。そして女性の死体に重ねるように置いていき、積み上げていく。
そして、見上げる程大きな山を作った。その山以外ににもう死体は無い。人も魔物も、動物も虫も。全てこの山に積まれた。


少年はその山を見て、ただ微笑んでいた。


「――!」
私はふと目を覚ました。
私は何を見ていたのだろう?何かの夢を見ていたようだが憶えていない。
ただ、何処か悲しい夢だと感じた。それだけは確かだ。
時計を見れば時刻は午前四時過ぎ。起床時間まではまだ二時間もある。
「…………何か飲もう」
……暑さの所為か汗が酷い。喉が渇く。
私は身を起しベッドから降りる。他のヴァルキリー達はまだ眠っている。私は物音を立てない様、部屋を出た。


下界の人々は誤解している者が多いが、ヴァルキリーである私達にも食事や水分補給、睡眠などは必要である。
腹は減るし喉も渇くし用も足す。ヴァルキリーも生き物なのである。


宿舎の広い居間に出ると、台所の魔導式冷蔵庫に手を伸ばす。
中を覗き、目当ての物を見つけるとそれを取り出す。
手に取った物はアップルジュース。私のお気に入りだ。
コップに注ぎ込み、一杯飲み干す。
「……ふぅ」
このほんのりした甘酸っぱさが何とも言えない。
……もう一杯頂こう。
「……ふう、そろそろ戻るか」
と踵を返した時、ふと微かに人の声が耳に届いた。本当に聞こえるか聞こえないかの僅かな声だ。
「誰だ?」
音源は恐らく修練場。私は気になって足を運んだ。


宿舎からそう遠くない修練場に、二つの影を見つけた。
「ハァ!」
片方は刃物を握り、数多の残像を作り出すほど速く振り回し、目の前の影を追う。
もう片方はそれを避けながら相手に針の様な小さく細い物を飛ばしていた。
「カイルと、……ワタヌキか?」
「む?」
「あれ、クレア?」
私の声に気付き、二人は手を休めこちらに振り向いた。
「まだ起床時間前だが、何をしているんだ?」
私は二人に近づき尋ねる。
「我々は互いに稽古をつけていただけだが」
「って言っても僕は無理矢理起されたんだけどね」
ワタヌキをカイルが追う様に言う。
この二人は入団試験で出会って以来、妙に仲が良い。
騎士団内では訓練時や食事時でも大抵二人で行動している。正確にはパートナーである私とオルガも含めて四人だが。(正直オルガは苦手なのであまり一緒に居たくないが)
友人兼ライバルとでも言おうか。そんな感じの仲だ。
「それにしても」
私は改めて二人の姿を見る。
「二人とも騎士然として見えるな」
二人とも青い布地に騎士団の紋章が付いた制服を身に纏っていた。しかし、同じ制服でも人が違えば雰囲気もまた違う。
ワタヌキは以前来ていた素朴でゆったりとした着物から一遍、洋服と言う新しい衣類に本人は若干抵抗があったものの、着てみると思いの他良く似合っていた。
若干幼さが残る外見はしかし、涼しげで締まった騎士制服と絶妙にマッチしていて、礼儀正しいその性格もあってさながら《大人びた少年騎士》だ。騎士団の女性陣からは「凛としているが愛らしい」と人気である。入団当初は人だかりも出来ていた物だ。
一方のカイルは血を吸ったかの様な赤い髪と対照的な清いイメージの青い服を身に纏っている所為かミスマッチなのだが、端正な顔立ちと長身故にどうも魅力的で映えていた。ワタヌキに負けず劣らず人気で「怪しい雰囲気がまた良い」と評判だ。
入団して二週間が過ぎた今、彼らの制服姿に見慣れてくるとそういう感想が浮き上がってくる。もちろん鎧などが付けばなお良いが。
「自分は一応武士なので」
ワタヌキは笑ってそう答える。そう言えばジパングでは騎士や戦士の事を《武士》と言うそうな。なるほど。もともと騎士なら当たり前の感想か。
一方のカイルも同様に笑って答える。
「クレアもなかなか可愛らしくて似合ってるよ。そのパジャマ」
「そうか、ありがとう」



……………………ん?



私は下を向いて自分の服装を確かめた。その身に纏うは愛らしく描かれた猫や肉球の絵柄が散りばめられたパジャマ一式。……私の私物だ。
「――な、ぁ……ぅ…………!」
自分でも顔がどんどん赤くなっていくのが分かる。
私の様子を見てカイルは不思議そうに首を傾げ、ワタヌキは申し訳なさそうに眼をそらした。
……凄く、居た堪れない。

「ぅ、うわあああああああああああああああああああ!!!」

私は逃げ出す様に
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