白蛇の毒

「ねえ、恭子。聞きたいことがあるんだけどいいかな。」
「はい?」
チャカチャカと軽快な音をたてて冬用の編み物を編んでいた手を止め、恭子がこちらを向きながら可愛らしく首を傾げた。凛とした大和美人が垣間見せる可憐さは何度見ても心に響く。
「旦那様が改まって私に聞きたいことだなんて、なんですか。」
「うーん、ちょっと変な質問だから怒らないでくれる?」
学生のころから長い間生活を共にしてきた最愛の妻にこんな馬鹿げた話をするべきかと言い淀む祐介の姿を可笑しそうに眺め、恭子は小さく笑みを零す。
「ふふ、旦那様の御知りになりたいことでしたら答えられる範囲で答えますのでどうぞおっしゃってみてください。むしろそう前置きされたらどんな質問をされるか楽しみですよ、私は。」
「あー…じゃあ聞くけど」
「はい。」
「恭子って例えば…牙とかに毒があったりする?」
「……え?」
さすがの恭子も予想しない内容だったのだろう、ぽかんとした表情で先ほどとは反対の方に首を傾げた。

「毒って、あの…毒ですか?」
「うん。」
そっと自身の口に手を当てながら、恭子はより疑問の色を濃くする。
「あの…旦那様はなんでそのような疑問をお持ちになったんですか?」
「ああ、実はね…」
きっかけは数日前に訪れた図書館での出来事に端を発している。
その日、仕事で必要な資料を集め終え、我が家に帰ろうとしたのだが、予報にない強めの雨が突然降り出し、勿論傘などない祐介は仕方なく雨が止むまで館内で時間を潰すことにした。

そして偶々目に入ったのが、魔物娘図鑑。
放浪の魔物学者が執筆したもので、祐介も一度ならず読んだことのあるものだった。良き隣人たちである魔物娘たちの特性などを学ぶ上でやはりこの本は有用であるらしく、多くの教育機関や図書館に置かれている。といっても恭子と結ばれて読んだことなどなかったし、読む必要性があったわけではない。白蛇である妻を持つ身。他の魔物娘の知識など興味はないし、知ったところで何になるわけでもないからだ。

だが、なんとなく、久しぶりに目を通したくなって手に取った。

ぱらぱらと頁をめくり真っ先にラミア属のあたりを開く。
数いるラミア属のその中に、探していた白蛇を紹介する頁があった。学者の調査に協力した白蛇の写真と共に、恭子と生活する中で実感を持って知っている白蛇の知識が羅列されている。
「まあ、恭子の方が断然美人だな。比べるまでもなく。」
漠然と内容を目で追いながら、ふと無意識に呟いてしまった。
これは魔物娘と結ばれた男なら誰だって思うことに違いない。例え魔王様相手であったとしても、誰よりも妻が一番美しく、大切な人なのだから。

ざあざあと降る雨の音を聞きながら、あっという間に白蛇のページを読み終える。
後に聞いた話では、近隣に住む稲荷が幼なじみの男性と結ばれたために降り出したというその雨は、まるで弱まる気配がなかった。
「さて、どうするか…。ん?」
図鑑を元あったところに戻そうかと思いながらなにげなく白蛇の一つ前のページを開くと、そこにはアポピスが紹介されていた。魔物娘の中でも希少な種類であり、肉眼で直接見たことは数えるほどしかない。惰性と微かに好奇心をくすぐられつらつらと読んでいると、ある描写に目が留まった。

『彼女たちは体内に強力かつ特殊な神経毒を持ち、噛みついて獲物の体内へと流し込む。』
ふと頭にある考えが浮かび、次の次、バジリスクの頁を開く。
『彼女たちは、その視線に晒されるだけで毒に蝕まれる、恐るべき蛇毒の魔眼を持つ。』
他にも血や言葉、爪、粘液、唾液、愛液…種類は違うが図鑑に掲載されたラミア種の多くが『毒』を有していることが気になった。

蛇は決まった種類しか毒を持っていない。

だが、ラミア属の魔物娘はどうなのだろうか。
親の遺伝や個体差によって魔物娘は同じ種族であっても変化が生じることがあると聞いたことがある。だからこそ、馬鹿なことだと自分でも思いながら気になってしまった。

特に記載のない白蛇が毒を持つことはあるのだろうか、と。




「なるほど…そういう理由で。」
「変な質問でごめんよ。でも、気になっちゃって。」
「いえ、実を言うと…」
少しだけ恥ずかしそうに恭子が微笑んだ。
「私も幼いころに自分に特殊な部分がないか母様に尋ねたことがあるんですよ。その中には勿論毒のこともありました。」
「え、そうなの!?」
「はい。私たち白蛇はその身に水の魔力を宿し、種族的に魔物娘の中でもそれなりの力を身につけることができるじゃないですか。」
確かに彼女たち白蛇は水神と祀られる龍に仕えるものが多いが、白蛇自身が水神と祀られるほど力を保持する者たちもいる。現に彼女の母は地域で多くの信仰を集める存在である。
「だからこそ、自分に何ができて何ができないのか、ち
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