「痒いとこはありませんか〜?」
「ふふ、それは洗う時に言うんやないですかぁ、旦那様。」
「そういえばそうか。でももし痒いところがあれば言ってね。春代。」
「はぁい。そうさせてもらいますぅ
#9825;」
山田家の洗面所。
今日も今日とて二人で入浴を終えた後。鏡の前に置かれた丸椅子に春代が腰かけ、あてられるドライヤーの温風に目を細め、柔らかい笑みを浮かべながら心地よさそうな声をあげる。「だ、旦那様の手を煩わせるなんてとんでもあらへん!」と彼女はいつも恐縮するが、風呂上がりに春代の髪を乾かす作業が利一にとって大切な癒しの一時でもあるのだ。
ふんわりと香る風呂上がりの妻の体臭。
絹のような抜群の手触りの頭髪。
照明に照らされ光彩を放つ銀髪の美しさ。
時折覗く風呂上がりで火照ったほんのり桜色の項。
何度堪能しても飽きることはない。
嗅覚、視覚、触覚、そのどれにも強烈に迫ってくる逃れようもない春代の魅力。利一を誘惑する時に向けられる湿っぽい妖艶さとは違う、どこか彼女の素の部分を感じさせる色っぽさや艶めかしさ。
そのどれもが堪らなく愛おしくてたまらない。
いつどんな瞬間だって愛しているし好きだが、こうして髪を乾かすために利一へ身を任せ、気持ちよさそうに浮かべる笑顔はトップクラスに大好きだ。良き妻として振る舞おうと、凛と澄ました妻の表情をセックスや性技で蕩けさせるのはある意味簡単ではあるが、それとは違う心からリラックスした柔和な表情を楽しめるのは貴重であったりする。おおげさかもしれないが、それほど利一を信用し身を委ねてくれているように思えて、とても幸せな気持ちになれる。夫に髪を乾かせることに春代は負い目を感じているような節があるが、願わくばこれからも続けていきたいと利一は思っていた。
「でも、これだけ髪が長いと大変じゃないかい?」
毛先を乾かすために彼女の腰ほどまである長髪の一房を掴み上げ、十分に離したドライヤーの温風を当てながらふと思った疑問を妻にぶつけてみる。
「冬場はまだいいとして、夏場は暑いだろうし邪魔になる時も多いんじゃないかな。」
「確かに…うちら魔物娘でもある程度はお手入れせんにゃいけませんし、お料理するんに鬱陶しい時や、抜けた毛の存在感がすごくて嫌やなあって思う時もありますねぇ。」
「抜け毛の存在感?」
「抜け毛が床に落ちていたりすると、そらもう存在感がすごいんですよぉ、うちくらい長い髪になるとたとえ一本であったとしてもぉ。」
「なるほど。」
「でもねえ…」
「うん?」
「長髪でいることを嫌やなんてちっとも思ってへんのですよぉ、うちはぁ。」
「え、どうしてだい?」
新たに一房掴みながら何気なく聞き返した利一へ、鏡越しに視線を向けた春代が口を開く。
「だって…旦那様が好きやいうてくれたんですもん、うちの長髪姿。旦那様が喜んでくれるなら手間やうちの都合なんてなんでもないですよぉ
#9825;」
思いもしなかった春代の言葉に頬がいやでも暑くなるのを感じる。
確かに利一は美しい銀髪を腰まで伸ばした彼女の長髪姿が大好きだ。勿論愛する春代が髪型を変えたとしても魅力が損じることは決してないだろう。でも長年添い遂げている中で常に見慣れた彼女の長髪姿が、やはり一番落ち着くと同時に心惹かれるのだと思う。そしてそれを春代は理解し、行動してくれていた。そのことが堪らなく嬉しくてしょうがない。
「それにこうやってお風呂上がりに毎度髪を乾かしてもらえるうちは誰よりも果報者ですよぅ…これがうちにとってなによりのお手入れですねぇ
#9825;」
「ありがとう、春代。」
「うふふ、こちらこそですよぉ。ありがとうございます、旦那様
#9825;」
「それなら…」
鏡越しにこちらを覗く春代の目をまっすぐに見つめながら思いを告げる。
「これからも春代の髪をこうして乾かしてあげたいけど、いいかな?」
「…本当にお手数やないですか?」
「勿論。」
「なら…」
満面の笑顔を浮かべた春代がゆっくりと頷く。
「よろしくお願いしますねぇ、旦那様
#9825;」
「お任せあれ。」
いつもお世話になりっぱなしである春代に少しでも喜んでもらえるよう、これからも続けていければと思う。そしてそうできることがつくづく幸せだなあと思ったのだった。
「長髪でいることには納得したんだけれどさ。もう一つ聞いてもいいかな。」
ほとんど乾き、温度を下げた温風と手櫛で仕上げながらもう一つ気になっていたことを尋ねてみた。
「はあ。なんです?」
「例えば…可愛い髪留めとかリボンをしてみようとか思ったりはしないの?」
「へぇあ!?」
そこまで変な質問ではないであろうに、春代は目をまん丸にして素っ頓狂な声を上げた。
「いや、思い返しても春代ってそういったものを身に
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