愛する妻の、美麗な鱗

春代がそれに気が付いたのは、偶然だった。
春代と利一は、セックスをすることは当然だが、遠近問わずデートや旅行に行くのも好きで、よく色々な場所に遊びに行く。行きたい場所を春代から提案するときもあれば、その逆もある。割合は半々といったところか。二人でいればどんな所でも楽しめるに決まっているので、基本的に相手の提案を無下に拒否することはほとんどないのだが…。

「今度の連休、久しぶりにどこかへ旅行でも行きたいなって思うちょるんやけど…どうやろか、旦那様。」
「いやぁ…連休は人も多いし、行くならもう少し後にしない?」
「………。」
四月の終わりから五月初旬の間、利一は何故か春代の提案に首を縦に振らないのだ。
寒さに弱いラミア種にとって、心置きなく夫との生活を楽しむことができる季節を迎え、こちらは気分的にとても盛り上がっているというのに、肝心の旦那様は乗り気ではない。気になり過去に使用していた手帳を引っ張り出して調べてみると、結婚して一年目以外、この時期二人でどこかへ行ったということはなかった。その一年目の時だって、大型連休を利用して、二人で九州の温泉地に行き、日常からの解放感も相まって心から楽しい時間を過ごしたのだ。あの時の利一は心底楽しそうな様子だったというのに、それ以降何故夫の態度は鈍化してしまったのだろうか。どれほど考えてもその理由は浮かぶことがなかった。

「旦那様、一つ聞きたいことがあるんやけど…ええ?」
いくら考えてもその原因は分からない。
そうなれば方法は一つ、その張本人に真意を聞くしかない。もし春代に原因があれば、それを正せばいいのだからまずは行動あるのみだ。
「うん?自分が答えられることであればどうぞ。」
考えすぎて少し胃の痛みを感じている春代とは対照的に、のほほんと利一は応える。
「もしうちが原因であればすぐになんとかするんで正直に言うてほしいんです、お願いできますか。」
「どうしたんだい、改まって。」
「いや、その…ちょっと聞きにくいというかなんというか。」
「自分と春代の間じゃないか。なんの遠慮もいらないよ。」
春代は一つ大きく息を吸って気持ちを整える。

「…春先のこの時期、何故うちと出歩くのをそんなに嫌がるんですか。」
「え!?そ、そんなことはな、ないよ。」
質問された利一は、想像もしていなかったのかきょとんとしていたが、質問の内容を理解した途端に、あからさまにあたふたと動揺した。
「そんなに慌てふためくほどうちと遊びに行くんが嫌やって理由があるんですか、旦那様。」
「いや、あの…それは」
「正直に言うてください!!それとも答えられんようなことなんですか。」
すると春代の気迫に押されたのか、利一はうっと一瞬言葉を詰まらせた後、何故か頬を少しだけ染めて俯いた。

その理由が分からず困惑していると、蚊の鳴くような小さな声が聞こえてきた。

「…君が汚れるのを見たくないから」
「え…?」

「花粉や黄砂で春代の美しい肌や鱗が汚れるのが見たくなくて…この時期はあまり出かけたくないんだ。」

その言葉を理解した瞬間。

胃痛は理性と共に掻き消え、春代の体は利一へと飛びかかっていた。

そして数時間後、利一の愛する美しい肌と鱗は、たっぷりと精気を吸収したことによってこの春一番の美しさを誇ったのだった。



19/05/10 09:00更新 / 松崎 ノス
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