顔に触れる冬特有の冷たい空気が心地よい睡眠から意識をゆっくりと覚醒させる。
夫婦の寝室に敷かれた一つの大きな布団の中で、山田利一は低く小さな声をあげ目を開けた。暗くぼんやりとした視界にうっすらと浮かぶ天井を見た後、顔を横に向けて倒すと誰よりも愛している妻の春代の、安心しきった柔らかな寝顔が目に飛び込んでくる。
病的なまでに白く肌理の細かい肌、優しく閉じられた目尻がほんのりと赤い切れ長の眼、上品で愛らしい寝息を静かに立てる筋の通った小ぶりな鼻、思わず吸い付きたくなるほど瑞々しくぷるんとした唇。
それらが小さく形のいい顔の、おさまるべきところに寸分の狂いもなくおさまり、可憐でありながら熟した色香を匂い立たせる女の顔を作り上げていた。
「綺麗だ…」
思わず口から言葉が零れ出る。
彼女と結ばれてどれほどの時が経っても、その美貌を見慣れるということは決してない。普段の貞淑で凛とした表情も素敵だが、こうして自分の前だからこそ見せてくれる無防備な寝顔は、心の底からじんわりと暖かい愛おしさを利一に抱かせる。それはまるで自分だけが手に入れた何よりも輝く宝物のようだ。これまでも、そしてこれからも自分を虜にしてやまないであろう彼女をそのまま見ていたい気もしたが、あとどのくらいこの幸せな時間を楽しむことができるのか確かめるため、春代を起こさないよう体をよじり机の上に置かれた時計に目をやる。その昔、彼女の母から誕生日プレゼントとして贈られたという木工の立派な置時計の針は、五時を少し過ぎたところを指していた。
想像以上に早い時間に目が覚めてしまったものだと、蛍光塗料でうっすらと光る時計の文字盤を見ながらぼんやりとしていると。
「んぅ…旦那様?」
「ああ、ごめん。起こしちゃった。」
寝言のような小ささで自分を呼ぶ声が傍から聞こえてくる。
急いで時計から視線を妻に戻すと、顔にかかる髪の毛を手で払いつつ、春代が薄らと目を開けた。彼女を起こしてしまわないよう極力気を付けたつもりだが、どうやら春代はほんのわずかな気配を敏感に感じとり目を覚ましてしまったようだ。
だが幾分冴えてきた頭で考えれば、彼女を起こさないで行動するのはほぼ不可能であることを理解せざるを得ない。
なぜなら利一は体全体を彼女に抱きすくめられているからだ。
シュルシュル、ギュウッ
放さないといわんばかりに長い彼女の下半身が利一の体をぐっと抱きしめる。
布団から覗く春代の顔だけ見れば、美貌の度を越してはいるが一見人間と大きな変わりはない。しかし彼女の銀のような光沢を持ち、絹を思わせる手触りのいい白髪や、真珠のような艶めかしい白い肌が示すように妻は人外の存在であり、種族はこのジパングにのみ住むといわれる白蛇だ。その下半身は利一の身長の倍以上大きな、これまた美しい白金のような鱗を纏う蛇の姿をしており、春夏秋冬いつだって就寝する際は必ず一分の隙もないほどその身を利一に絡ませる。例えどれだけ気を使ったところで、全身を抱きすくめられている状態では彼女に気づかれずに行動することなどできないだろう。
起こしてしまったことを申し訳なく思いつつ、未だ完全に覚醒していない赤い瞳を見つめながら事情を説明する。
「時間を見ていたんだ。」
「…なんで?」
「なんでって…。あとどれくらい寝ていられるかなって思ってさ。」
「んもぅ…旦那さまぁ」
すると春代は拗ねた子供がそうするように少しだけ唇を突き出しながら、腕を利一の首に回して自分の方へ引き寄せる。
「今日は旦那様もうちもお休みなんだから…時間なんて気にせんでもええのに。」
「ああ、そうか…うっかりしていたよ。」
「しっかりしてくださいな、旦那様
#9825;」
今度は一転して大人の温和な笑みを浮かべつつ、しかしこちらをからかう小悪魔のような声色を春代は言葉に含ませる。それがなんだかとてもくすぐったかったので、無謀であるとは思いつつ利一は反撃を試みた。
「だってしょうがないよ…。」
「?」
「昨日、いつも以上に奥さんにこってりと搾り取られちゃったんだから、明日のことなんて頭から消えちゃうさ。」
「あら…」
だがすっかり目を覚ましてしまった妻はその反撃すらも楽しそうに受け止め、器用に蜷局を巻く自身の下半身の隙間から手を伸ばして利一の男根に触れる。彼女たちラミア属特有のやや低い体温をした淑やかな手に捕まれ、びくりと震えるペニスは十分に海綿体を血液で滾らせていた。
「そんなに張り切ってうちが搾り取ったっていうわりには…旦那様のここは朝からうちを可愛がってくれそうなほどお元気そうやね〜。」
「それは…朝の生理現象で」
「本当にそれだけぇ?」
お互いの額をくっつけ、目を細めて楽しそうに微笑みながら妻はペニスを軽く摩りあげる。
「う、いや…」
利一の言葉に嘘はない。
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5]
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想