結婚式…神仏などの立会いのもとで結婚の誓約をする儀式をいう。
「そういえば」
「ん?」
「お前はどうしてこの山に来た。」
茉莉と結ばれて少し経った頃、二人で台所に並んで立ち食事の用意をしていると、相変わらずぶっきら棒な口調で彼女がそんなことを聞いてきた。
「ああ…それはね、ふふ。」
「…なんだよ」
彼女の疑問にすぐ答えようと思ったが、嬉しさがこみ上げてつい笑みをこぼしてしまう。
誠二郎の人間性を知ることよりも「お前を他人に奪われないよう、骨の髄までアタシの魔力で染めてやる方がよっぽど大切だ。」といってこれまで犯してきた彼女が、無意識であるのかもしれないが自分のことを知ろうとしてくれている。その意味することをわざわざ確認しようなどと野暮ったいことをせずとも、今の誠二郎には十分わかる。だからこそ堪らなく幸せで、嬉しかった。意識しても頬が自然とゆるみ、締まりのない顔になってしまう。
だが何故誠二郎がそれほど嬉しそうにしているのか茉莉はどうやら計り兼ねているらしく、怪訝な顔でこちらを睨みつけている。彼女にあらぬ誤解をさせてはいけないので、慌てて謝り経緯を口にした。
「ごめんごめん、なんでもないよ。えっとそれはね…実は俺は温泉が好きなんだけど、特に秘湯といわれるものが大好きで。休みを利用してこの山にある秘湯に入ろうと思ってやってきたんだ。」
「そうか。」
「でも道に迷ってしまって、どうしようか迷っていた時に、駆けつけてきた茉莉に捕獲されちゃったから、結局この山の温泉にたどり着けていないんだけど、茉莉はどこにあるか知ってる?」
「ここから南に行ったところになにやらあるが…。」
「ああ、多分それだよ。茉莉はその温泉に入ったことがあるの?」
「ない。」
「それならさ。もしよかったら…今度二人で一緒にその温泉に行ってみない?」
「………。」
「だめ?」
「………考えておいてやる。」
「ふふ、楽しみにしてるよ。」
「………ふん。」
温泉という今後の楽しみができ、先ほどの幸せな気分に加えて、否が応でも誠二郎の気分は高揚した。
その気持ちの高鳴りが、唐突ではあるが少し前から考えていたあることを彼女に聞いてみようと誠二郎の背中を押す。
「ねえ、茉莉。突然話は変わっちゃうけどさ。」
「………?」
「せっかく一緒になれたんだし…結婚式をしない?」
「………。」
それは誠二郎にしてはだいぶ勇気のいる質問だった。
だがその質問を受けた茉莉は全く反応せず、一言も言葉を発しないまま黙々と料理を続ける。まるで自分には一切関係のない話題に対しているような態度だ。そんな思ってもみなかった彼女のリアクションに、冬だというのに背中に冷汗が浮かぶのを感じつつ、それでもなんとか彼女に色よい返事をもらおうと矢継ぎ早に言葉を繋げる。
「ほ、ほら、節目としてもちょうどいいと思うし…」
「………。」
「それに女性は結婚式で白無垢やウエディングドレスを着るのに憧れを持つってよく聞くからさ。どうかなと思って聞いてみたんだけど…」
「………。」
「あは、あはは…ごめん変なこと言っちゃって」
「………。」
今のことは忘れてねと語尾を尻すぼみにさせて、誤魔化すように彼女から視線を外した。
そこまで変なことは口にしてはいないと思うが、ここまで無反応なのは正直かなりショックだった。というか最愛の人に結婚式の話を聞き流されるなんてよほど精神力が強くなければ平然としていられないに違いない。無論誠二郎にそんな図太い精神力はなく、頭の中は真っ白になっていた。そんな頭で漠然と何がいけなかったのか考えながら、少し前に彼女との会話から得た暖かさまで吐き出すように小さなため息を吐き、がっくりと肩を落とす。
「はあ…お前なあ」
すると誠二郎以上に大きなため息を吐いた茉莉が、調理器具を台の上に黙って置いたかと思うと、大きな手を誠二郎の肩に回して自身の体に力いっぱい引き寄せ、神をも恐れぬヘルハウンドらしい不遜な笑みを浮かべ口を開いた。
「結婚式なんか、する必要はない。」
「………。」
「何故…わざわざ縁も義理も、借りもない神なんぞにお前との関係を誓わなければならない。時間の無駄だ。」
「え?」
誠二郎の頭をより一層その豊満な胸に寄せ、茉莉は耳元で甘く囁く。
「そんなことしなくたって、お前は一生アタシの傍にいる…そうだろ?」
「…はい。」
「分かればいいんだ。」
「………。」
「それとな。女の憧れだなんだとそれらしい体で回りくどいことを言うな、うっとうしい。アタシの花嫁姿が見たいのなら、アタシが着てもいいと思える上等なものを用意して、素直に着てくれと頭を下げろ。」
「!?」
「ま、他の誰でもない誠二郎の“お願い”なら…考えてやらんこともない。わかったか?」
「……うん。」
その後しばらくして、麓に
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