目を覚ますと、見慣れぬ板張りの天井がぼやけた視界に映り込む。
半ば寝ぼけながら誠二郎は目を何度も瞬かせる。
だが当然のように目の前に広がる板目の杉材は変わることなく、黙って屋根の重みを一身に支えているだけだ。そのことに内心深い溜息をつきながら誠二郎はむくりと上半身を起き上がらせ、ゆっくりと周りに目を向ける。八畳ほどの広さ、その真ん中にある古めかしい囲炉裏、過剰な装飾が一切ない純朴で昔話に出てくるような部屋。誠二郎がこれまで一人で住んでいた、画一的でなんの面白みもないが使い勝手のいい安アパートの部屋とは全く違うこの部屋は、昨日茉莉に犯され連れてこられた彼女の家の一室だった。意識がだんだんと覚醒してくると、思い出したかのように冬の寒気に身が震え、誠二郎は与えられた厚手の半纏をより体に密着させつつのろのろと囲炉裏に近寄り体を温める。長い年月を感じさせる使い込まれた自在鉤が下がる火棚が設けられた囲炉裏には、炭が煌々と赤く燃えていた。手をかざすと、電気ストーブなどとは違う炭独特の暖かさがじんわりと体にしみこんでくる。
その感覚に思わず小さく声を漏らしながら体を弛緩させていると、突然目の前の引き戸ががらりと音を立てて開いた。
家主であり自分を攫った張本人である茉莉が、ぬうっと入ってくる。
暖を取り心地よさに体を弛緩させていた誠二郎は、すぐに体を固くして身構えてしまう。それも当然といえば当然だった。突然冬の寒空の中裸に剥かれ、精を搾り取られただけでは終わらず、山のどこにあるのかもわからない彼女の家に連れ込まれ力尽きるまで徹底的に犯されたのだ。そんな理不尽な言動をされておいて何も感じない人間はそういないのではないだろうか。
「…っ。」
だが誠二郎の体は警戒だけで硬くなっているわけではなかった。
連れてこられたこの家に着いた後、何度もセックスをし、まるで誠二郎の体に快楽を摺り込ませるかのように、長い時間をかけ彼女に愛撫を施された肉体は既に屈服してしまっていると認めざるを得ない。現に彼女が目の前に現れただけで緊張とは違う心の高鳴りが起き、無意識のうちに視線は惜しげもなくさらされる彼女の裸体に向き、切れ間なく続いた甘い刺激を再び味わうことを期待している。ざわざわとした黒い性欲が湧き上がってきて仕方がない。
しかしだからこそ彼女を望む肉体と、初対面であり理不尽ともいえる強引な手段をとる彼女を受け入れられない精神のギャップで誠二郎は動けなくなってしまっていた。
そんな誠二郎をちらりと一瞥した茉莉は、こちらに構うことなく手に持った鍋を自在鉤にかける。そして炉縁の上に白飯の入った茶碗や大根の漬物が盛り付けられた小皿、箸を置き、鍋の蓋を取って中身を木の椀によそい始めた。出汁に味噌を溶かし、肉や根菜、葉物を煮た汁物のいい香りが二人の間に立ち込める。彼女に攫われて以来何も口にしていなかったせいか、その滋養の高そうな料理を前にすると唾液が自然と溢れ、急に空腹を思い出した。するとそれまで不安や性欲で硬くなっていた体は急に息を吹き返してきたように活力が戻ってくる。それを見越したように茉莉が椀を誠二郎の目の前に置き短くつぶやいた。
「…飯だ。」
「………。」
「遠慮などするな。」
ぶっきら棒にそういった茉莉は、静かに手を合わせ食事を始める
「……いただきます。」。
一瞬だけ、この料理に何か入っているのではないかと勘繰ってしまったが、同じものを茉莉が食べているのだし、力も立場も自分に勝る彼女がわざわざそんなことをする意味がないとすぐに思い至った。それにこのまま無駄に抵抗して食事を拒否したとしても、自分が衰弱し状況がさらに悪化するだけ。何もいいことはない。誠二郎はおずおずと食事の挨拶をして箸と汁物に手を伸ばし、一口啜る。
「…美味しい」
思わず感想が口から出てしまった。
野菜の甘みや肉のうま味がやや塩気の強い味噌の味と混ざり合い、素朴ながらも滋味あふれる味わいが口の中に広がる。空腹だったこともあってか、一気に美味しさと汁物の温かみが体中に沁みていき、身体だけではなく心もほかほかと優しく解していく。誠二郎はそれまでの不安や感情をも飲み込んでいくかのように箸の動きを加速させて次々に料理を食べていった。その様子を横目でちらっと見た茉莉は、少しだけ目に温もりを浮かべながら誠二郎に声をかける。
「そうか。ならしっかり食え。お代りもある。」
「あ、ああ。」
「沢山食ってしっかり体力を養え。でないと体がもたんからな。」
「え?」
彼女の言葉から突然剣呑な雰囲気を感じ取った誠二郎が食事の手を止め、じっと茉莉を見つめると、彼女はその瞳にうっすらと淫靡な光を宿し、片方の口端をいやらしく釣り上げながら強い言葉で断言する。
「セックスだ。それ以外に何がある?」
「食事を終えたら、
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