愛するあなたに祝福を

いよいよ冬の厳しい寒さを感じさせるある朝のこと。
「へっ…くしょんッ!!」
山の中腹にある澄み切った清水が湧き出る大きな湖の傍に建てられた、まだ新しさを感じさせる綺麗な神社に大きなくしゃみの音が響き渡った。
「ん、すん。だいぶ寒くなってきたもんだ。さぶさぶっ。」
洗濯物を干す手を止め、くしゃみをした水上(みなかみ)英彦は鼻をすする。
ついこの間まで暑い暑いとぼやいていたというのに、指先に触れる水気を含んだ洗濯物は容赦なく手のひらの体温を奪っていく。悴むとまではいかないがそれでも寒さを感じるのには十分な温度だ。確実に季節は移ろい、冬の訪れ迎えていることを英彦は実感せずにはいられなかった。

「おい、英彦。」
その冷たさから逃れるためにも洗濯を早く終え、熱いお茶にでもありつこうと手早く作業をしていると、突然背後から声をかけられた。この神社で、朝のこの時間帯に声をかけてくる人物は一人しかいない。ちょうど手に持っていた最後のシャツを物干し竿に干し終え振り向くと、想像通りの女性が視界に映り込む。

そこにいるのは何度見ても見惚れてしまう美しい妻の凛だ。
その昔、高貴なるものにしか許されなかったという紫色の、濡れたような光沢を放つ長髪。柔和で安心させるような温かさ、その反対に見るものに身を正させる、竦むような冷たさを併せ持つ切れ長の眼。小さく可愛らしい鼻と、アルカイク・スマイルとでもいうのだろうか親しみや神秘性を感じさせる微笑みが常に湛えられた口。それらは計算されたような完璧なバランスで顔の上に整っており、彼女が喜怒哀楽を表す度に違った魅力を英彦に見せてくれる。そしてその顔を支えるたおやかで細い首から視線を下げていくと、ジョロウグモが作り出す糸を丁寧に染色した深緑色の、最高級の糸を織り込んだ着物から零れ落ちてしまいそうなほど豊かな胸部に目が釘づけになる。その二つの大きな胸を誇る彼女の肌艶はよく、ただ白いだけではなくほんのりと赤くそまった血色の好さが、彼女の魅力を何倍も高めている。

しかし、凛が人の姿をしているのはそこまで。
規格外の美しさを誇る人間と同じ上半身から延びる下半身は、エメラルドのような輝きを誇る緑の鱗に覆われ、臙脂色の鬣が生えた蛇身をしている。だが彼女はただのラミアではない。頭頂部からは鹿を思わせる二本の角。頬からは翼竜が持つ飛行期間の、飛膜のような対になる二つの突起。蟀谷や胸部上方には黄金に輝く勾玉の、胸部下方には珠の形をした黄金に輝く彼女の魔力が浮かぶ。そして彼女の腕はその細身な上半身には似つかわしくない、爬虫類を思わせるごつごつとした鱗に覆われ、指先には鋭い爪がのぞく。

彼女は八百万神が住む国ジパングで、その一人に称される魔物娘の龍。
元々彼女は遠く離れた西国で両親と共に住んでいたのだが、この土地の治水や天候を安定してもらうため、数年前にこの場所に来てもらったのだった。この神社も彼女を奉るためその時に建てられたもので、英彦は住み込みで彼女の生活を支える貢物として選ばれそれ以来ずっと寝食を共にしている。紆余曲折はあったが二人は多くの人の思惑通り結ばれ夫婦となり、この土地に住む人々の支えとして生きていた。今はまだ二人の間に子供は誕生していないし、彼女の生家のように仕える白蛇や稲荷もいないが、それでも水神としての役目を果たし、夫婦としてお互いを支え合っている。

「どうしたのって、近い!?」
そんな愛しい妻に名前を呼ばれ、振り向いた英彦は驚いた。
というのも彼女が想像以上に近い距離、鼻と鼻とが触れてしまうほど近くにいたからだ。彼女はその強力で膨大な魔力を完璧に使いこなす魔物娘、こちらに気配を感じさせることなく近寄ることができると分かっていても、それを実際にされると驚かずにはいられない。
「なあ、英彦。」
しかしなぜそんなことをするのか彼女に聞こうと口を開くが、凛は英彦を見つめる美しい瞳を意味ありげに細めたかと思うと、こちらが質問の言葉を口にするよりも早く予想外の行動を始める。

「Bless you…んちゅ、ちゅ」
「へ?む、ちゅ…」
突然そう呟いたかと思うと、凛は英彦の顎を掴んで上を向かせ熱い口づけを施してきたのだ。勿論誰よりも愛する妻との接吻が嫌なはずはない。だけれども何の脈略もなく英語で話しかけられた後に、いきなりキスをされたのでは何が何だか全く分からない。
「ん、んふ………んっ
#9825;」
そんな混乱に慌てふためく英彦をよそに、凛の舌が強引に口を割る。
咄嗟に頭を横に動かしてしまいそうになるが、凛はその無骨な手でがっしりと英彦の後頭部を抑え込み動くことを許さない。いくらただの人間より身体能力が高いインキュバスだとしても、龍の膂力にかなうことがないことを英彦はよく知っている。だからすぐに抵抗するのをやめ、ゆっくり
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