生まれた時からそうだった。
気が付くと、自分の中に幾人もの存在がいたのは。
他人はそれを大変ではないかと口にするけれど。
いつだって四人でいるのが当たり前だし、それ以外の生活は考えられない。
それしか知らない自分たちは、それを大変だと一度も思ったことはない。
我ながら驚くほど行動的で、感情豊かな自分。
気高く冷静で、思慮深い自分。
どこまでも知恵が巡り、魔術に長けた自分。
粘り強く、誰よりも相手のことを考えることができる自分。
人はそれぞれ、差異はあっても少なからず誰もが仮面をかぶって生きている。
その局面、対する人物によって人は変わる。
自分たちはそれが人よりも顕著なだけ。
むしろそれぞれが顕著であるだけに、より強くお互いを補えているのかもしれない。
だからこそこれまでうまく生きてこれたのだと思う。
逆に一人しかいないというのは不便ではないかと思ってしまう。
他人には絶対にない、完璧な協調性が自分の最大の強みだった。
だからこそ、自分たちの変化に戸惑っている。
彼と出会ってからの自分はどうにも変だ。
獅子の自分は誰よりも彼を手に入れることに逸り
竜の自分は自尊心を満たそうと彼を求め
山羊の自分は誰よりも彼を堕落させようと姦計を巡らせ
蛇の自分は彼を独占しようと嫉妬の炎を燃やす
今までがっちりと組み合わさっていた歯車が、どうにも上手くかみ合わない。
不協和音が、沸き上がる性欲と共鳴しさらに増幅していく。
だからこそ
彼が誰よりも自分たちを愛してくれていると分かっていても
理不尽で、意味のない質問を彼にぶつけずにはいられなかった。
「あなたは、誰が一番好きなの?」
……………………………………………………………………………
夫婦の寝室で、一匹のキマイラが男を組み伏せている。
「あなたは、誰が一番好きなの?」
雨宮邦彦は、妻である弓子の思いもしなかった質問に困惑した。
「それは、どういう意味?」
「分かっているんじゃろう、ワシらの夫であるお主なら。」
秋空のようにどこまでも澄んだ青い瞳と、地平線の彼方に沈む直前の燃えるような美しい赤い瞳とがじっと邦彦を見つめる。
「…ワタシたちの誰が、一番好きなのかとお聞きしているのです。」
「………。」
「我の質問に答えることはできぬとでもいうのか?」
「いや…」
「ならばちゃんと、答えてくれ。私たちの誰が好きなのかを。」
一段と声のトーンを下げ、プレッシャーを込めてこちらに質問してくる。
「あなたは虹のような人だ。」
「なんじゃと?」
どこまでも真剣な表情を向ける彼女に、邦彦は自分の本心を告げる。
「虹が持つ七色の神秘さ、美しさが僕は大好きだ。雨上がりにかかる大きく雄大で、しかしどこか可憐ささえ感じてしまうあの七色のグラデーションの絶妙さは言葉にできないほど愛おしい。」
「………。」
「でもじゃあお前はあの七色の何色が好きなのかと聞かれると、答えることができない。なぜなら僕はあの七色の全てが等しく好きだから。そしてあの七色だからこそ虹は美しいものなのだと思うんだよ。」
神妙な顔をする弓子の顔をじっと見つめる。
「僕は情熱的でストレートに感情をぶつけてくれる獅子のあなたも、ちょっと気難しいところもあるけど気高く凛々しい竜のあなたも、独特のアプローチで優しく包み込むように受け止めてくれる山羊のあなたも、僕を愛するためならばどんなことだっていとわない献身的な蛇のあなたも等しく好き…」
「それが、僕の答えです。」
これじゃ、ダメかなと質問すると弓子は顔を真っ赤に染めて俯いたかと思うと小さな声でつぶやいた。
「ならば私たちを」
「みな等しく」
「お主の体で」
「………満足させてください
#9825;」
こうして長い長い営みが始まったのだった。
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