佳也子に自分の心情を吐露して一日が経過しようとしていた。
徹は、自宅の裏手で畑から収穫した野菜を洗いながら昨日の出来事を思い出していた。
「それは、佳也子さんが好きだからです。」
自分でもなぜあんなに臆面もなく言葉にできたのかよくわからない。
勿論あの言葉や自分の想いに嘘偽りはないし、後悔もしていない。
徹は、佳也子のことを慕っている。
文明から離れ、黙々と刃物を作り続ける彼女の真摯な行動が、熱く燃え盛る炉の前で無心に槌を打つ姿が、そしてやや憂いを湛えながらもどこまでも澄んだあの眼がいつしかたまらなく綺麗で美しいものだと思うようになっていた。
だが自分でも予想しなかったタイミングで言ってしまったことは、確かだ。
彼女はどこか別の土地にいく雰囲気はなかったし、自分だってこの土地を離れるつもりはない。時間はかかるかもしれないが、ゆっくりと歩み寄れればいいと思っていたのに。
「…………あなたはなんで、私のためにそこまでするの?」
瞳に煩悶の色を浮かべた彼女に質問され、自分の気持ちを言わずには居られなかった。
佳也子に自分の気持ちを知ってほしい、そういう欲望が抑えきれなくなってしまったのだ。
「こんにちは。徹君、いるかしら〜?」
そんなことを考えていると、表の方から涼子の声がした。
「はーい、います。すぐに向かいます!」
洗い場の蛇口をひねり水を止め、徹は急いで表へと向かう。
「こんにちは、涼子さん。」
「昨日の午後ぶりね、徹君。」
玄関先にいつものように漆黒のロングドレスを着た涼子が立っていた。
彼女と会うのは、昨日佳也子から預かった品物を渡したとき以来ということになる。だからこそ、彼女がわざわざ徹の住む家を訪ねてくる理由が分からなかった。
「あの、今日はどういった御用で?」
「用というか、知らせに来たというか…複雑なところね。」
「はあ…」
「話というのはね、佳也子ちゃんのことなの。」
「!!」
佳也子という単語に徹は敏感に反応してしまう。
「実は今朝がた早くに佳也子ちゃんが私のところに訪ねてきてくれてね。」
涼子はそこで言葉をきり、じっと徹を見据えた。
「この土地から離れたいって言ってきたの。」
「え!?」
涼子の言葉で愕然となった。
ここ数年住んでいたというあの山小屋をこんなに急に離れたいと言い出したのは、間違いなく自分が昨日告白した影響に違いない。それにしてもそんなに急に離れたいと思うほど、自分は嫌われていたというのだろうか。あまりのことに言葉を失う徹に向かって、「あなたたち二人のプライベートなことだから、あまり私が踏み込むべきではないのかもしれないけれど」と前置きを言った後、涼子は佳也子の身の上話をしてくれた。
母親がエキドナであること。
その母親の美しさや自分の容姿にコンプレックスを持っていること。
美しい母と違って、自分は愛されないのでは悩んでいること。
感情に任せて家を飛び出し、涼子と出会ったこと。
そのどれもが今まで知らないことだった。
あの一人で強く生きている佳也子が悩み、悲しんでいたことなど露にも感じることはできなかった。今まで能天気に接してきた自分がひどく滑稽に思えてしょうがない。
「勿論、私も出ていくといった佳也子ちゃんを止めたわ。」
「…。」
「私としてもここ数年ずっと佳也子ちゃんと接してきて、半ば家族だと思っているほどだから考え直すように言ったわ。でも彼女は頑なに出ていくといって聞かなかった。ならば理由を聞かせて頂戴と、そう尋ねたら…その理由を、彼女はこう言っていたの。」
涼子は一呼吸挟んだ後、山小屋のある方向へと体を向けながら呟くように言葉をつづけた。
「私なんかに、あんなにも優しい言葉をかけてくれる徹さんに、これ以上関わっていけない。徹さんには自分なんかより素晴らしい人と一緒になるべきだ。だから自分はどこか遠くに移り住むんだってね。」
「え!?」
佳也子の言葉で、徹の心臓は一段と強く鼓動を刻み始める。
「ねえ、徹君。」
「……はい。」
「まだ、間に合うわ。私の口からなんかじゃなく、あなたの口で…いやあなたの愛で、佳也子ちゃんの馬鹿な誤解を解いてあげてちょうだい。」
「!!」
「できる、わよね?」
「はい、当たり前です。…今から行ってきます。」
思わず声が裏返るほど、大きな声で涼子に返事をする。
「ふふ、行ってらっしゃい。」
「教えてくださり、ありがとうございました。」
慌ただしく涼子に礼を言って頭を下げ、徹はすぐに佳也子がいるであろう山小屋へと走り出したのだった。
「若いって、いいわねえ〜。」
その場に一人残された涼子は、誰にともなくぽつりとつぶやき微笑んだ。
………………………………………………
徹は、がむしゃらに走った。
今まで走ったことのないような速度、持
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