おまけ

母と娘




あれから半日以上時間が経った頃、恭子と咲は机を挟んで対峙していた。

恭子は先程まで夫と愛し合っていたせいか、未だに肌が少しばかり上気している。咲はそんな母の様子をにやにやといやらしい笑顔で眺めながら何かを言いたげにしている。恭子は先程まで自分が勘違いで恥ずべき行動をしてしまったこともあり、意味深な視線を寄越す娘の態度に痺れをきらせて言葉を投げかける。
「何か言いたい事があるなら…言いなさい、咲」
「べっつに〜。言いたい事なんかないよぉ〜?」
「嘘おっしゃい、言わなくたってあなたが何を考えてるか分かるわ。愚かな母を笑うなら直接笑えばいいじゃない。」
「…そんなこと考えてないってば。両親がいつもの様子に戻って美緒と二人で安心しているだけだよ〜。ただ…」
一旦言葉を切った咲は、上目遣いでこちらを見やりながら一枚の広告を取り出し恭子の前に置いた。

「問題の解決に助力した優しい娘に〜何かしらの御褒美があってもいいんじゃないかなって、そう思っているだけ。それ以外はなんにも考えていないわ、母さん
#9825;」
「……。」
恭子の前に差し出された広告は、少し前から咲が欲しいと言っていたタブレット型の音楽再生機器を宣伝するモノだった。おっとりとしていながらこういう抜け目ないところがある娘。笑われたり、からかわれることを覚悟していた恭子はすっかり毒気を抜かれてしまった。そしてこういう子だからこそ、今日は彼女に救われたんだなとも思わずにはいられなかった。だから自身に後ろめたいとこるがあるというわけでは無く、心から彼女に対する感謝の気持ちで電子機器を購入することを決めた。
「いいわ…咲が欲しいものを選びなさい。今度一緒に電気屋さんに行った時に買いましょう」
「え、本当!?じゃあ、じゃあね…このピンクの奴がいいんだけど、いい?」
半ば買ってもらえないだろうと思っていたのか、承諾の返答を聞いた娘はぱあっと明るい笑顔を浮かべ、素早い動きで恭子の隣へ移動し、広告に印刷された商品を指さしつつおねだりを始める。
「これ?他のよりも随分高いじゃない。」
「その分高性能で、長持ちするんですよ〜。」
「分かりました。じゃあ今度これを買いましょう。」
「ふっふ〜やった!!これで通学に楽しみがでるってもんですよ〜。ありがとう、母さん!!」
よっぽど嬉しいのか、娘は小躍りせんばかりにはしゃいでいた。

「ね、咲。」
「ん、なに?」
純真に喜びを示す娘を見ていると、母であるとか、大人であるとかそんなくだらない建前をしているちっぽけな自分がいつのまにか頭から消え、本心から娘に対する感謝の気持ちが口から零れ出した。
「今日は本当にありがとう。」
「……うん。」
「あなたが娘で、本当に母さんは誇らしいわ。ありがとう、ありがとう。」
そう言って彼女を引き寄せ、優しく肩を抱きながら何度も感謝の言葉を口にした。
娘は何も言わず、そして甘えるように私の腕の中に黙っておさまった。しかし、一瞬だけ恭子を真っ直ぐに見上げかと思うと、徐に口を開いた。

「本当の事をいうとね。」
「?」
先程までの浮かれた態度から一変し、低いトーンで呟かれる言葉にドキッとする。
「…本心を言えば、母さんが羨ましくて堪らないよ。」
「え?」
「だって母さんはあんなに優しくて素敵な父さんと結婚することが出来ているんだもの。同じ魔物娘としてこんなに羨ましいことはないよ。でも…」
今まで聞いたこともない様な娘の突然の独白に面を食らっていると、咲は先程までの真面目な表情を消し去って再び人懐っこい笑顔を浮かべ明るく宣言する。

「私は母さんほど美人でもないし、器量も良くないけどさ…いつか絶対に父さん以上のいい男を捕まえて見せるんだからね!!」
その言葉を聞いて恭子は痛感する。
ああ、本当に…この子たちはいい子に育ってくれている。本当に、本当に。
「応援しているわよ、咲。」
「うん!!」
強く、強く娘を抱きしめる。
もし、これからも私という存在が彼女たちの力になるのなら、どんなことだって力になってあげなければ…強い母でなくてはと恭子は思わずには居られなかった。

「今日はありがとう、咲。」
「お礼なんていいよぉ〜。」

こうして恭子にとって今日という日は、とても長く、決して忘れられない一日となったのだった。



14/06/11 20:45更新 / 松崎 ノス
[1]作者メッセージを読む

[5]戻る
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33