山田春代の場合=10×2、50×1(前半)

「うーん…。下は絶対に…でも下だけ…いや、上も……欲しい…うーん…。」

妻がなにやら箱の様なものを抱えて家に戻ってきたのは、あやめの突然の訪問から30分くらい経ったころの事だ。
そして帰ってきたかと思うと、目の前にその箱を置いてリビングのソファーにどっかりと座り込み、何やらぶつぶつと呟きながら悩んでいるようだった。妻が帰宅するまでしていた庭仕事で汚れた手を綺麗に洗い、お茶の準備をしながらそっと春代の様子を観察する。すると蛇の尻尾先が一定の間隔でぴくぴくと揺れているのが分かる。尻尾の先をそのように動かしているのは真剣に何かを悩んでいる時に妻が無意識に行う癖の一つだ。つまりそれだけ真剣に悩まなければならない事があるのだろう、目を瞑りながら腕を組み眉間に深々と皺を寄せるその顔は何時になく真剣で鬼気迫る何かを感じさせる。

「はい、お茶が入ったよ。そんなに難しい顔してどうしたの?」
利一がお茶の準備を終えるころになっても、妻は微動だにせず何かを悩み続けているようだった。普段お茶を入れて貰う事の方が圧倒的に多いため、少し新鮮な気持ちを感じつつ春代の前にお茶を置き、自分もソファーに座りながら妻に尋ねる。
「ありがとう、旦那様。実はこれのことで、ね…」
「これは…何?」
改めて机の上に置かれたその物体を見るが、それがなんなのか利一には分からなかった。
「それはあーちゃんから貰ったものなんやけど…」
「ああ、そういえば少し前にあやめさんがここに来たよ。」
「うん。あーちゃんはこれをうちに渡す為に来てくれたの。それで…実はこれがらみで旦那様に是非とも協力してほしい事があって…」
春代は珍しく歯切れが悪く言葉を濁らせ下を向く。そんなに頼み難いことなのだろうか。
「どうしたの?僕ができる事だったら遠慮なく言ってね。」
その言葉を聞きありがとうと小さく礼を言った春代は、何か覚悟を決めたように顔を上げて話し始めた。


「実はこれはある目的のために作られた特製のサーバーなの。」
妻はそのサーバーとやらをひき寄せつつ話を続ける。
「特製の…サーバー?」
「この中に分身薬が入っていて…」
「え、分身薬ってサバトが販売している…あれかい?」
妻はこくりと顎をひいて肯定の意思を示す。
「これはあるバフォメットが極秘に開発したもので、従来の効果とは違う…分身薬の新しい効果を引き出す為に作られたサーバーなんだって。そんでうちのお願いっていうのは…」
「…。」
「旦那様に、その新しい効果が付加された分身薬を飲んでもらいたい、の。」
春代は、じっとこちらに真っ直ぐな視線を向けてくる。
いつになく真剣な表情と共に浮かぶ二つの赤い瞳には期待や喜色、情欲にぎらついているように利一には見えた。


「まあ、その新しい効果がついた分身薬を飲むことは吝かじゃないけど…そんなに僕が非協力的だと思われていたのかな?」
わざとらしくおどけながら春代に冗談を言う。
「いやいや、アホなこと言わんで!!旦那様はきっと協力してくれるって…うちは信じちょった!!!」
すると春代は素早く反論する。
普段は凛とした雰囲気なのに、子供が駄々をこねるように腕をふりまわしてむきになっているのが可愛らしくてさらにからかいたくなるが、それをすると話が進まなくなってしまいので、からかったことを素直に謝り質問する。
「ごめんごめん、冗談さ。それじゃあ…春代は一体何を悩んでいたの?」

「うーん…魔物娘の欲深さは、やっかいなものやなあ〜って悩んでた。」
春代は一拍間を空けすっと真顔になり、先ほどとは比べ物にならないほどの低いトーンで自分の悩みをそう表現した。
「ははっ、なんだいそれ。ひどく哲学的だね。」
どうやら彼女は利一に薬を飲ませると言う事で悩んでいたのではないと言う事に拍子抜けしつつ、予想外の答えが返ってきたので利一はなんだかとても可笑しくなった。

「この一回だけじゃないんやから、次の機会にそれをすればいいって頭では分かっちょる…やけどあれもこれも、全てを手に入れてしまいたい、魔物娘の本能を満たしたいっていう本当に欲深くて厄介な悩み。はあ…本当にどないしよ〜…。」
ため息を吐きつつ、頭を抱える春代が可愛らしくてそのまま見ていたい気持ちに駆られるが、ぐっと抑えて立ちあがる。悩んでいる時は何かしらのきっかけがあったほうが解決しやすいものだ。それにどうも春代の中では既に答えはかなり絞られているようにも見える。
「それじゃあ庭仕事でかいた汗をシャワーで流して準備をしてくるからさ、それまでの間に答えを出しておいてもらえる?」
「う〜ん…。それは今世紀最大の難問やね。」

ムンクの叫びの様に頬に手をあて、大げさに顔を歪める妻に苦笑いしつつ、利一は風呂場へと向かったのだった。




「答えは出たかい?」
シャワーを浴
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