あとがき

私は今、幸せで満たされている。
膣内に放たれた精液の熱と、夫の腰で打ちつけられた鼠径部の感触が下半身でじんわりと混ざり合い、私は最高に心地のいい状態をむかえていた。リッチの母から生まれ、人の体温に渇望するアンデッドの魔物娘である私にとってこの時は何事にも代えられぬひと時なのだ。今はとにかくその快感だけを味わいたくて、目を閉じて集中する。


快感に身をまかせながら、私は強烈な達成感と優越感を感じていた。
バフォメットが置いていった漫画のヒロインたちが処女を喪失するシーン読んだ私の心には、様々な感情が巻き起こった。

そもそも人間と魔物娘では処女喪失に対する考えや感じ方は大いに違う。
魔物娘にとって破瓜の瞬間は、これから訪れる夫との甘く爛れた生活の幕が上がる事を告げる祝砲でしかない。魔物娘の種類や個体によって差異はあるが、処女膜を失う際に痛みが発生する事の方が少ない。既婚者を対象に行われた調査では八割の魔物娘は痛みを感じなかったという結果が出ている。それにもし仮に痛みを感じたとしても、それはすぐに快楽の波に飲み込まれ、一瞬で消えてしまう。結果の残り二割は一瞬だが、痛みを感じたと答えている事がそれを証明している。
ではなぜほとんどの魔物娘が痛みを感じないのかと言うと、魔物娘の誰もが持つ魔力が破瓜の瞬間、神経が受け取る痛みという信号を即座に快感へと変化させてしまうからだ。それは初めて男と交わったその時からセックスを楽しむために、魔物娘が独自の進化を遂げたためであろうと言われている。それでも痛みを感じるのは、神経が過敏になるほど緊張しているか、ひどく痛みというものに敏感だからこそ感じてしまうのではないだろうかと考えられている。

当然、そのような変換は人間には起こらない。人間にとって処女喪失とは…人間だからこそ起こりえる『障害』なのだ。

だからこそ、それまで魔物娘のセックスを描いた漫画や小説しか見ていなかった自分にとって、瞳に一杯の涙をため、痛みに身を震わせ、戦慄く口で嘘をつき、気丈に男が気持ちよく性交を続けられるように耐え忍ぶ漫画のヒロインたちの姿はとても新鮮だった。

そして同時に、行為を終え満面の笑みで恋人と抱き合う彼女たちがとても眩しく感じた。
彼女たちは誰よりも夫を愛することに長けた私たち魔物娘に起こり得ない『障害』を、おそらくどんな魔物娘も持ち得ない、もちえる必要の無い愛で乗り越えているのだ。まるで自分の存在を否定された様な恐怖感、それからもたらされる焦り、そして失望感に苛まれながら、どこか冷静な自分はそう分析していた。

だから、私は決意した。
再び処女膜を複製し、魔力による痛覚の変換を起こさない魔術を自身に施し…人間と同じ土俵に上がりその障害』を乗り越えてみせると。これはなんとしても成功させなければならない、命題だった。



正直に言うと、痛みは想像以上だった。
はっきりいって甘く見ていたと言わざるを得なかった。
漫画の中で股が裂ける様な痛みと表現されていたが、まさにその通りだった。亀頭が膣に進入するや否や処女膜やその周辺が強烈な異物感にきりきりと悲鳴を上げ始め、貫通する瞬間など視界が真っ白になるほどの痛みに襲われた。そして脈打つ男根にまとわりつく淫肉は、まるで火傷を負った患部に異物が触れる様なじくじくとした痛みを引き起こした私を苦しめた。初めて膣に差し入れられる夫のペニスに、僅かな恐怖すら感じてしまうほどの痛みだった。それでも人間に負けたくないという小さなプライドと、絶対に揺らぐことのない夫への大きな愛で、耐えぬいた。

それでも夫は私の願いどおり力強く腰を振ってくれ、無事に終りをむかえた。
本来女性器で感じる快感を痛みに変換する魔術を解く鍵であり、痛みを耐えきった私への最大の御褒美である精液が射精された瞬間の喜びは筆舌に尽くし難いものだった。それまで耐えるので精一杯だった痛みが全て快感に変わり、膣壁や肉ひだは思い出したように夫の男根にまとわりつき、子宮は放たれた精液をはしたなく呑み込んでいく。そんな今まで当たり前のことがひどく特別なように感じてしまった。


私がやったことは無駄なのかもしれない。
だってそれは魔物娘には起こりもしない事なのだから。そもそも気にする必要さえない。

夫を心配させてしまった私は悪なのかもしれない。
誰よりも私に優しくしてくれる夫は、今回のことでひどく心配しただろう。

愛の証明とはいったものの、それは単に一方的な価値観の押しつけなのかもしれない。
全力で愛してくれる夫はそんな事をしても迷惑に思うだけかもしれないのに。


それでも、命題を証明する事ができた私は…

たまらなく嬉しかったし、安堵の気持ちを強く感じていた。
これだけ達成感を感じたのは、初めてだ。



私はゆるゆると瞼
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