女っ気の無い暗い室内にうめき声が響く。
苦しい。
いくら呻こうが、喚こうが…。
ただ只管に苦しい。
苦しみは薄れるどころかますます増えていくばかり。
決して和らぐことは無い。
今までに発情を思わせる体の変化はあった。
だが、ここまで酷い事態に陥ったのは初めてだ。
それまでの発情と思われる衝動が嘘であったかのように、今はただひたすら苦しい。
そっと丹田に手を翳す。
忌わしいほど自分が魔物娘であることを自覚させる臓器が。
今まで抑え込んできた自分の中の雌が雄を求めて理性や精神を狂わせる。
ジクジクと甘い痛みが想起させるのは一人の男。
昨日、月子の最大のコンプレックスである垂れ耳を思うままに揉みしだいていった男。
木村家の次男である篤だ。
彼と最初に会ったのは、親友である由美江の結婚式だった。当時の彼はまだ高校生で、幾分幼さが残るがすっとした顔と柔らかな笑顔が記憶に残っている。そんな彼と再会したのが数ヶ月前の事。
「お久しぶりです、月子さん。」
式場で出会った高校生は、厳しい自然と共に生きる精悍な男に成長していた。日々の農作業によって引き締まった体。冬でもなお健康的な印象を与える日焼けが残る肌。そのどれもが月子に農家として生きる彼の生きざまを強烈に印象付けた。武人とは違う、農家や漁師が持つ強さを月子は心より尊敬している。
そんな彼と打ち解けるきっかけとなったのが、イノシシから彼を救った出来事だった。
その日、月子は知人に頼まれた絵を仕上げようと筆をとっていた。期限もそこまで厳しいものではなく特に注文も無かったのでかなりリラックスして臨んでいた。
しかし、いつものように画材を用意して構想に想いを馳せている最中に殺気を感じた。人間や魔物娘よりも純粋で真っ直ぐな敵意であるそれは動物が発するものの特徴であり、殺気が一つしか感じられないと言う事は人間か魔物娘が野生動物に襲われているのではないかと月子は直感的に判断した。そして月子は直ぐに支度を整え、家を飛び出し殺気がする方向へと急いだ。
タイミングはギリギリだった。
地面にうずくまる篤に向かって突進するイノシシの頭を抑えつける。イノシシ特有のごわごわとした毛並みや首から肩にかけて盛り上がった筋肉がさらに膨れ上がり圧力をかけてくるが、月子の力に勝ることは無い。こちらも強い殺気を出しつつ篤の無事を確認する。どうやら彼は足をくじいただけらしく、見たところどこにも傷を負っていなかった。篤に何事も無い事に一安心しつつ、あて身だけでイノシシの意識を奪い、篤を救出することに成功した。気になっていた足首の捻挫もどうやらそこまでひどいものではないらしく、よく効く薬草を塗布してやり、山の麓まで見送った
それからだった。彼は月子の元に足しげく通うようになったのは。
どうやら篤はこちらが考える以上に実直で義理がたい人間であるらしく、何かある度に恩返しと称して食べ物や酒を持ってきた。最初は勿論それらを断っていた。自分は出来る事をしただけであってこのような物品を貰う為に、施しを求めてあんなことをしたわけではない。だからそんな事をする必要はないと何度も突っぱねた。
だが、彼は聞く耳を持たなかった。
受け取れない、いいや受けとってください、何度来ても同じだ、何度でも来ます――――
そんなやりとりを何回も繰り返すうち、遂に月子が折れたのだった。それでも最初は彼が持ってくる物を事務的にただ受け取るだけであった。それが今となっては切っ掛けが何であったか思いだせないが、次第に話をするようになり、最近に至ってはそれが楽しみであったりするほど二人の関係は深くなっていった。用事があって街へと出た際に立ち寄った本屋で、無意識のうちに彼が好きそうな話題を集めるために関連の本を買い求めている自分に気がついた時は、ただ苦笑いすることしかできなかったほどだ。
浮かれている―――とは思うが、恋をした…と言うわけではない。
それは彼も同じだと思う。
彼が月子に対して好意を抱いている事は分かっている。だがそれは恋慕の情というようなドロドロしたものではなく、尊敬に近い爽やかなもの、姉弟愛に近いものだと月子は感じていた。そして同時に篤に対する自分自身の感情もそれと同じなのであろうと。そんな感情を向けてくれる彼だからこそ、今まで魔物娘の本能を刺激されることなく自然に接する事が出来ていたのだと思う。
しかしそんな彼が昨日、月子の最大のコンプレックスである耳を欲望をむき出しにしながら蹂躙した。
その出来事は月子に強烈な衝撃と驚きをもたらした。
篤がまるで別人のように鼻息を荒げて迫り、今まで笑われたり、好奇の目線しか向けられなかった情けない垂れ耳に「可愛い」だの「素敵だ」だのと誰にも言われた事の無い言葉をかけてきたのだ。月子からすれば驚くなと言う方
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