「それではこれより、『ジパング花火競技会』の開催を宣言いたします☆」
数ヶ月前、突然『銅島花火工房』にやってきたリリスのレーンが陽気に開会宣言をし、武志と葵の夢の舞台の幕が開けた。
開幕宣言を聞いた観客から一斉に歓声が沸き起こる。
会場には何万人もの魔物娘やインキュバスが押し寄せ、ある者は伴侶に寄り添いながら、またある者は屋台で買った料理やお菓子を口一杯に頬張り花火が上がるのを待っている。
会場に満ちる活気や歓声は今まで聞いた事が無いほどに熱く、大きい。
ちなみにこの競技会が行われる会場は、バフォメットや龍、九尾の稲荷などが力を合わせて作りだしたある種の異空間となっている。そこでは温度や湿度、空気の循環など全てが魔術によってコントロールされ、花火を見るのにも、打ち上げるのにも最適の空間となっているのだ。
「(本当に最後なのか…。)」
競技会に初めて参加する武志は、独特の雰囲気に圧倒されながら手に持った競技会のパンフレットに視線を落とす。そのパンフレットは出場する花火師の紹介やスポンサーの広告、今回の見どころなどが細かく書かれている参加者の必需品だ。
そのパンフレットに記された花火を披露する順番を記したページには、確かに『銅島花火工房』が最後に書かれている。
―――銅島花火工房が花火を打ち上げるのは、一番最後にしてくれ。
あの日、妻である葵はリリムに向かって要望、というより無理難題を臆することなく堂々と言い放った。
妻の答えを聞き不遜に笑うリリムを目の前に、武志は―――大いに慌てふためいた。
当然である。
夢の舞台として長年頑張ってやっと掴んだチャンスが葵の発言で水泡のように一瞬で消えてしまうかもしれない。目の前で妖艶に微笑むこの魔物娘は実際に自分たちを出場禁止に出来る権限を持っている存在なのだ。
しかもそれだけではない、国内で最も有名な競技会に出場できなくなった新米の花火工房なんてレッテルは挽回すらできない致命傷になりかねない。悪い噂ほど想像もしない尾ヒレがつき、何よりも早く人の耳に広まるのが世の常でもある。
「ではわけを、聞きましょうか〜☆」
だがレーンは葵の無茶な提案に腹をたてるどころか、おもちゃを目の前にした子供の様な眼を妻に向けながら、その言葉の意図がなんなのか質問する。
全て正直に答える、が…葵はレーンの目をしっかりと見て質問に答えようとしたが、数秒何か思案した後に突如くるりっと武志の方に視線をうつして、
「すまない、武志。お前は席を外してくれないか?」と言った。
「え、なんで?」妻の意図をなんとか自分の¥も聞きたいと食い下がる。
「アタシとこの人だけで話がしたいんだ。」
だが、妻の意思は固いようでどうやら譲る気はないようだった。
「でも…。」
「頼む。」
「…。」
「安心してくれ、アタシはお前を…信用している。それだけは信じてくれ。」
武志の両肩を大きな手でつかみ、向けられた真っ直ぐな視線に嘘は感じられなかった。
「分かりました☆それなら仕方ありませんね〜
#9825;」
「ぜ、絶対に言うなよ!?」
「もう、こんなに匂いが充満するくらい愛し合うだけじゃ足りないなんて〜。この贅沢もの
#9825;」
「う、五月蠅い…!」
時間にすればほんの数分だったと思う。
妻の願いを聞き入れ、武志は二人の話が終わるまで外に出ていた。我ながら馬鹿だと思ったが、まるで動物園の熊みたいにその場をうろうろとさまよった。無駄だと分かっていてもじっとしてはいられなかった。
すると突然玄関の扉が開き、何故か大いに照れて顔を真っ赤にした葵と、上機嫌でカラカラと快活に笑うレーンが出てきた。
「武志さん、私たち競技会は葵さんの提案を飲もうと思います☆」
「え?」
なんと目の前のリリムは妻の無茶な提案を受け入れると言っている。
「奥様の情熱的かつ魅力的なプレゼンテーションにこのレーン、いたく感服いたしまして♪」
「はあ。」
「前例が全くない試みですが、若手枠の『銅島花火工房』さんが披露する花火を今回のトリにさせていただきます
#9825;」
一体、葵がどんな交渉をしたのかは分からないが、どうやらことは葵の思い通りに進むようだった。レーンはよい花火を作ってくださいねと妻に言葉を残し陽気に帰って行った。
そういった経緯で我が『銅島花火工房』は初出場の若手枠ながらなんと競技会のトリをかざることになったのである。
あの日、葵が何故自分に席を外させレーンにどんな言葉を伝えたのか、そして競技会の最後にどんな花火を打ち上げるのかを武志は未だに聞かされていない。
不安が無いと言えば嘘になる。
武志は葵を心の底から信じている。妻としても花火師としても。彼女がどれだけ自分に幸せをくれたか、彼女がどれだけこの競技会に向けて技術を研さんしているかをよ
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