一人の少年がぽつんと佇んでいた。
そこは町はずれにある昼間でも薄暗い鎮守の森。そしてその奥にはひっそりと社が一つ建っているだけだった。
「魔物や妖怪がいるわけないだろ?馬鹿じゃねーの。」
その少年の胸中には先ほど友人たちに言われた言葉が何度となく響いていた。
そう、彼はいわゆる妖怪や魔物といった人外のものたちが存在することを信じ、そして未知の存在であるそれらのものたちが好きだった。何故かと問われれば明確な理由が言える訳ではなかったが、様々な話に登場するそれらの存在は彼の胸をときめかした。
ただ、そんな彼の住む世界は非情でもあった。魑魅魍魎がいるとされる暗闇は街灯にかき消され、妖怪や魔物は既にアニメーションや漫画の題材にしかなっていなかったし、精々変わり者の学者がその地域の文化としての側面を見出すといった程度にしか人々に認識されていなかった。
だからこそ、その存在を信じる彼は友人たちの中でも変わり者として扱われていた。仲間たちと仲が悪いわけでも、ましてや嫌われているわけでもない。ただ、妖怪の事になると途端に彼は異端視された。ただそれだけだった。
そして彼らと言い合いになった時に彼は必ずと言ってもいいほどこの寂れた社を訪れた。鎮守の森は昼でも薄暗く、細い石畳の道が続き、薄くなった朱色の鳥居が数基、そしてあまり手入が入っていない事を思わせる古めかしい社は彼の好きな妖怪や魔物を想起させるには十分な場所であった。
その日も彼は友人たちと口論になり、社の前に立っていた。
鎮守独特の湿気に濡れる石畳に足を滑らす事のないように注意しつつ、鳥居をくぐり社の前に立つ。そして祖母から教わった祈りの言葉をごにょごにょと口にして、小さい頭を下げ神様に挨拶をする。そんないつもと変わらない彼の日常はその日も同じはずだった。そう彼が頭を上げるまでは。
「白い…狐?」
彼が頭を上げると、普段は閉ざされている社の扉が、先ほどまで確かに閉まっていた扉が開いていた。そしてそこには一体の狐の像が鎮座している。その像は何度もその場所を訪れたことのある彼が目にした事の無いものだった。全身が雪のように白く、長く美しい切れ長の目の両端は美しい朱色が彩っている。その立ち姿はとても美しく醸し出す雰囲気は幼い少年の眼を釘づけにした。
少年はその狐の像を時間も忘れて凝視していた。少年の心の中に「稲荷」という概念があったのかは分からない。だがそれでも彼は幼いなりにその狐の像から神聖な雰囲気を確かに感じ取っていた。
「また来てくれたのですね。」
そんな鎮守の森に突然女性の声が響いた。人の気配のない場所で発せられたその声はとても優しく少年の耳に響いた。どうやらその声の発信源はどうやら目の前の白い狐の像であるらしい。
「誰か…いるの?」
少年はおずおずとそ目の前の像に話しかける。
「ああ、私の声がちゃんとあなたに届いているのですね。なんとも喜ばしいことです。」
どことなく嬉しそうな女性の声がそれに応える。
「あなたは狐の神様なの?」
「この状況に驚ない度胸、そして頭の回転も早い…なんという行幸。まだ私も運には見捨てられていなかったのですね。」
確かに少年はこの状況にあまり動じていなかった。だがそれは妖怪好きだからという理由ではなく、ただ茫然としていただけであった。
「ええ。正確には神の使いですが、狐の神として祀られていることもあります。」
「そ、その僕にいったいどうして突然話しかけてきたの?」
「ああ、それもそうですね。用件を早めに言わなければ…ってもう時間が…いじゃ…いですか。」
目の前の像がぼやけ、ジャミングが酷くなったように言葉がとぎれる。
「お願…があるのです。これから出来るだ…この社へお参りに来ていただ…ないでしょうか?」
「…うん。分かった。」
「そ、それと出来れ…時々でいいの…油揚げ…奉納してくださ…」
「油揚げ?」
「そして…最後…これが一番大事…ことなのです。貴方…、貴方のお名前を教えていただけますか?」
名前なんて聞いていったい何が目的なんだと思いつつも、彼は素直に自分の名前を口にした。
「僕の名前は…関悠二」
「ふ…、関…二。忘…ま……よ。貴方…御…前を…」
少年の言葉を聞いたその瞬間、まるで少年の言葉を待っていたかのように狐の像はぐにゃりと歪み、少年に今まで感じさせなかった不気味さを残しつつ、彼の前から消え去った。
そしてそこには一人残された少年と、何時も通りの薄暗い森が広がる光景があるばかりだった。
「…君、関君。ちゃんと聞いているのですか?」
教授の声にはっとして、関と呼ばれた青年は緩んでいた気を引き締める。随分昔のことを思い出してぼんやりとしていたようだ。
「はい、教授。なんでしょうか。」
「やっぱり聞い
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