13倍の愛

ジパングの北方で古くから港町として栄えた街がある。その街は夜景がきれいだとかガラスやオルゴールの工房があるとかで観光も人気がある街であったりする。よく言えばレトロ、悪く言えば古臭い街だ。

そんな街に一人のセルキーが住んでいる。彼女の名は田尾珠子。夫である誠一と共に漁業を営み、馴染みの店に魚介をおろして生活の糧にしている。彼女たちの漁業スタイルは決まった量、決まった種類を獲るのでは無く、その季節その日に獲れたモノを提供するといった具合だ。魚一匹の時もあれば、ウニが山盛りの日もある。彼女の目利きは確かで、その日最高の素材を提供することで有名でもあった。ただ、彼女は自分の好きな相手、馴染みの客にしか商売はしない頑固な一面がある。

珠子は半年前に田尾誠一と結ばれた。
この辺りの海を取り仕切るクラーケンの娘が行った婿探しに友人たちと共に同行したのだ。標的となったのはよく見かける観光船で、クラーケンは静かにその船に近付き十本の腕であっという間に船を沈める。すると水面にたたき落とされた哀れな獲物を我先にと獲りあう、歓喜に包まれた祭りが始まった。実は最初珠子はそこまで乗り気ではなかったのだが、その場の熱気や次々と獲物を獲得して発情する友人たちの痴態に当てられ、気がつけば夢中になって婿探しをしていた。

そして出会った青年が、誠一だった。
どうやら友人とその船に同乗していたらしく、ほとんど沈んでしまった船から落ちてきたところを誠一は珠子が、誠一の友人を珠子の友人であるスキュラが仲良く捕まえ、とんとん拍子に婚姻に至った。元々誠一は学者志望だったが、魅了された珠子と共に生きることを選び、この街に永住する決意をした。元来、体を動かすのは苦では無かったらしく、今では夫婦共に腕利きの漁師として名が知られるようになっている。

そんな二人の夫婦仲は至って良好。
淋しがり屋だけれど、意地っ張りな珠子と根が優しくおおらかな誠一は偶然の出会いだったけれど、今ではお互いに側にいるのは必然であると心の底から思っている。子供はまだいないが、日に何度も性交している二人に幸せなニュースが届くのは時間の問題だろう。

この話はそんな二人の間に起こった、ある『問題』とその結末である。




「旦那が太った。」
「……で、それが何?」
流れる時間がゆっくりと感じるほど長閑な昼のひと時。目の前の海は穏やかに澄み渡り、海面を戯れるように反射する日光がすっかり夏のそれになった事を実感するほど眩しい。そんなのんびりとした港町の午後に二人の魔物娘の声が響く。
「ちょっと、私は真面目に相談しているんだけど!!」
一人は頭からアザラシの顔がついた毛皮をかぶり、美しい金髪、海のように澄んだ碧眼、シミ一つないきめ細やかな肌をしたセルキーである田尾珠子。
「だ・か・ら。あんたの旦那が太ったからって別にどうってこともないでしょ?」
真剣に相談する珠子と対照的に、いかにも興味がなさそうに受け答えているのはスキュラの尾田光子。こちらも負けず劣らず美しい肌を目のやり場に困るような小さいビキニと腰布で隠し、情熱的な赤い髪の毛を髪留めでまとめ、緑や青色をした綺麗なアクセサリーを付けている。
「ちょっと、それって酷くない?親友なのに!!」
「親友だからこそ、そんなどうでもいいことをこうやってちゃんと聞いてあげているんでしょうが。」
「聞くだけじゃ解決にならないわよ!」
珠子の悩みなど自分には関係ないと光子は聞き流そうとするが、珠子はそんな彼女の様子をみて、より一層鼻息を荒くして光子に食ってかかる。
「というかなんでそんな話を私にするのさ。律子にでも相談すれば?私より真面目に聞いてくれるでしょ。」
「…もう相談したよ。けど『幸せ太りでしょ、嫌味か!!』って言って水を引っ掛けられちゃった。」
ああ、そりゃそうかと光子はどこか納得したように頷く。律子というのは二人の共通の友人で、幼馴染の竹田律子のことだ。珠子と光子より一才年上で、二人の姉の様な存在でもある。種族はマーメイドで未婚。未婚なのだ。律子は妙にロマンチストなところがあり、半年前の騒動にも「私は、迎えに来てくれる王子様を待ちますから参加いたしませんわ。べ、別にう、羨ましくなんか…ないんですのよ!?」と言って参加しなった。
「私たちが夫を紹介した時も…そんな感じだったね、そう言えば。」
「うん。律子曰く私たちは『裏切り者』らしいから…ね。だから光子に相談してるのよ。」
「っていっても…。まさに律子の言う通り『幸せ太り』なんじゃないの?」
「だって、太るような食生活もしてないし思い当たるような原因も…もし病気だったらって心配で。」
「病気って…。あんたと誠一さんは毎日一緒に漁に出てるんでしょ?」
「うん。」光子の言う通り、今日も漁に行ってきたばかりだ。
「毎
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