寒さ増す師走。
安藤咲は、父親である祐介から貸してもらいっぱなしになっていた本を両手で抱え、両親の私室へと向かっていた。
現在、安藤家の面々は大掃除の真っただ中。
ただ普段から、母親の恭子がしっかりと掃除をしてくれているので、年末恒例の大掃除もそう大変なものではない。だがそれでも母親曰く普段手が届いていない箇所があるらしく、妹の美緒と朝早くから作業を行っていた。階下からは、大好きな母親のお手伝いができて嬉しそうな妹の声が時折聞こえ来る。
「父さん、入っていい?」
「咲かい?いいよー」
声をかけると、くぐもった父の返事が返ってきた。
「入るねー……ってうわあ」
扉を開けると、目の前には無数の本の山ができあがり、その中心にマスクをした祐介が立っていた。人間の棲む街へ襲来した怪獣のような様相だ。
「すごい数の本」
「あはは、本はいつのまにか自然増殖するからね。こうして年末に整理すると愕然としちゃうよ。なんだこの数はって」
「よくお母さんに怒られないね」
「まあ、父さんの少ない趣味だからなあ。目を瞑ってくれてるのか、もはやなにをしても無駄だと諦めているのかもしれないね」
「それじゃあこれを追加しても大丈夫かな?」
隅に置かれていたちゃぶ台の上に持ってきた本を置く。
「返すのが遅くなってごめんね」
「ああ、また増えた」
そういってわざとらしく父が肩を落とす。
「ま、邪魔にならなければ私も手伝うよ」
「ありがとう、助かる」
「お駄賃が出たらもっと頑張るかも」
「あっはっは、足元見られそうで怖いなあ」
親子二人で笑い合いながら、作業を継続する。
「ん?」
そうして本を整理していた咲は、見たことのないアルミ製の小箱があることに気が付いた。
「ねえ、お父さん」
「んーなんだい」
「これって、なあに?」
「うん?」
一度ぐっと腰をのばした父が咲の手元へ視線を向ける。
「ああ、それは……」
僅かに躊躇いを浮かべ言葉を止めた。
「なに、もしかして父さんのヘソクリとか?」
「いやいや、そうじゃないさ。それは正確にいえばお母さんのモノなんだ。お
母さんが友だちから貰ったモノだからね」
「え、そうなの?」
「ああ、だけど夫婦で使うものだからまあ……」
「セックスで使う魔道具とか?」
「いや、それ自体は人間も使う道具だね」
「え、なんだろ」
「うーん、まあ見せても問題はないかなあ……」
「じゃあ開けていい?」
「どうぞ」
父の許可を得たので、箱の蓋を開ける。
しばらく開けていなかったのか、固く絞まっていた箱を開けると中に入っていたのは……
「聴診器?」
「んー半分正解、かな」
「え、これでお母さんとお医者さんプレイでもするの?」
「いやいや、違う違う。確かにナース姿のお母さんは……ってそうじゃない、よく見てみて」
妙に慌てる父親を怪しく思いながら、改めて箱の中の品物をよく見るとあることに気が付いた。
「あれ、これ聴診器が二つあると思ったけど、耳につける部分が……二つ?」
体にあてるチェストピースは通常の一つに対して、そこからチューブが二股に分かれ、イヤーピースが二つある。咲が見たことのないタイプのものだった。お医者さんごっこをするなら普通のものでいいのだから、これを何に使うのか分からず首をひねっていると、父は面白そうに道具の使い方を説明してくれた。
「まあ、頻繁に使うものでもないし、咲が分からなくてもしょうがないさ。それはね、お腹の中にいる赤ちゃんの鼓動や胎動音を聞く道具なんだ」
「ああ、だから夫婦で使うものなのか」
「そう、妊娠のお祝いにお母さんの友だちが贈ってくれたものでね。咲や美緒がお母さんのお腹の中にいたころ二人でよく使ったよ」
「へえ、ちゃんと聞こえるの?」
「わりとクリアに聞こえるものだよ。ただお腹のあてる場所や赤ちゃんがどこにいるかで聞こえる具合は変化するけどね。」
父は僅かに言葉を切り、遠い目でその時を思い出しながら言葉を続ける。
「初めて咲の鼓動が聞こえた時、すごく嬉しかったなあ。お母さんもうっすらと涙を浮かべてたっけ」
大きくなったお腹に聴診器を当て、二人で我が子の音を共有する。
そんな両親の姿を想像し、咲の胸がほんのりと暖かくなった。
「いつか、咲も愛する人との子供授かった時に使ってみるといいよ」
「そうだね、覚えておくよって、あれ?」
父の言葉に首肯しつつ、箱の中にまだ何かはいっているのに気が付いた。
「これは、なに?」
柔らかい布でくるまれたものを広げると、チューブ状の道具が顔を出す。
それは輪をかけて不思議な道具だった。
片方は聴診器のような形状で、もう片方はトランペットなどのマウスピースのようなものがくっついている。糸電話の亜種のような見た目だ。
「それは胎教の道具。聴診器
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