お月見

今夜は中秋の名月。

雲一つない夜空に煌々と輝く満月を利一は縁側に座り春代と一緒に眺めていた。
風がない上に午前中にざっと雨が降った影響もあって、大気中に舞っている塵も少なく非常に空気が澄んでいる。

なんでも春代が仕えている龍神様や同僚の白蛇たち、近隣の名のある稲荷たちが連携して天候を操作し、お月見するのに万全のコンディションを作り上げたのだそうだ。勿論、春代も一枚かんでいる。

初めのころは利一も彼女たちの行動に驚いたのだが、どうやら龍神や水神、稲荷がいる地域ではこういったことが当たり前らしく、七夕や中秋の名月は天気予報が不要とのことだ。思えばこうした夫婦で楽しむことができるイベントに全力を尽くすのは実に魔物娘らしいといえばらしい。

今頃、沢山の魔物娘とインキュバスの夫婦が同じように月を眺めていることだろう。

そういう訳で今宵は二人、寝室ではなく縁側ですごしていた。
この家を建てた時に植えた数本の金木犀から甘い香りが仄かに香り立ち、庭のあちこちに野菊や女郎花、藤袴、竜胆、桔梗そして塀に沿って生える彼岸花が月光に浮かび上がり目の前の庭を艶やかに彩っている。

どこからか虫たちの鳴き声も聞こえてきて、あの暑い夏がもうずいぶんと昔のようにすら感じる風情だ。

そんな秋の庭を前に座る二人の前に小さな机が置かれている。
その上には春代お手製のお月見団子、赤白緑の目にも楽しい三食団子と、二人で旅行した時に窯元で買い求めた備前焼の一輪挿しに活けられた薄が数本。

花より団子ではないが、妻が作るお月見の団子が大好きな利一は「早速、いただくよ」と声をかけて頬張る。口に和菓子の優しい甘さがしつこく感じない絶妙な塩梅で広がる。もちもちとした団子の触感も素晴らしく、自然と頬が緩んでしまう。「お花見やこの時期にしか作らへんので、どうも自信がないんやけど…。」と作った本人は謙遜していたが、どこに出しても恥ずかしくない絶品なお団子だ。

「今年のお月見団子も、美味しいよ。」
「ふふ。そんなら、よかったです。旦那様、お茶もどうぞ。」
「おお、ありがとう。」
喉の渇きを覚えたまさにその時に差し出されたお茶をありがたく飲む。
濃い目の、絶妙な温かさの緑茶が甘みに浸った口を爽やかに流れていく。思わずほうっと一息ついた。そして放っておけばいつまでも利一の世話をしそうな姿勢の春代に声をかける。
「さあ、せっかくのお月見なんだし、春代も一緒に食べて食べて。」
「うふふ、じゃあ御呼ばれしますね。いただきます。」
春代はそう言って一串取り、上品に団子を頬張り静かに咀嚼する。
謙遜してはいたが、出来に不満はないのだろう、春代は目尻をさげ柔らかな表情を浮かべていた。

そんな妻の顔を横目でそっと利一は見つめる。

月光で浮かび上がる妻のなんと、美しいことか。
電光とは違う淡い月光に照らされる白い肌、髪。
すっきりとした鼻梁が生み出す淡い影のコントラスト。
白い肌に鮮明に映える頬や目尻の桜色。
そしてぷっくりとした形のいい唇の紅さ。

そのどれもが暗闇の中、艶やかに利一の目の前に現れる。
ルナティックな女性の艶姿。
誰よりも知っている妻から、なんだかミステリアスな雰囲気すら感じてしまう。

そんな利一の心象を知ってか知らずか、春代はゆっくり串に残った最後の団子を口にする。

上品に動く口、飲み込む際に可愛らしく動く喉仏、ちろりと舌が唇を舐める艶やかさ。
普段見ている春代の所作一つ一つにドキドキしてしまう。
まるで思春期の青年に戻ってしまったように。

だから…
「ああ、綺麗だなあ…。」
視線をあまりにも眩しい愛妻から前へ逸らし、ぽつりと心情を吐露した。



だがその瞬間、ほんの僅かだが春代の体がぴくりと動き、張りつめた緊張感が走る。
「は、春代さん?」
「…なんですか、旦那様。」
慌てて妻の方を見ると、春代は食べ終わったお団子の串を右手でいじくりまわしながら、ほんの僅かに下唇を突き出していた。雰囲気は怖いが、姿はとっても可愛い。
「どうした、の?」
「いえ、なにも…。」
「いやあ、さすがにそれはないでしょう。なにがあったの?」
利一がそっと春代の左手に手を重ねて話しかけると、春代は観念したように小さくため息をついた。

「その、やっぱりうちは…面倒くさいというか…業が深いんやなあって。」
「え?」
「イヤやったんです。」
「なにが?」
「だ、旦那様が例えお月様でもあんなにうっとりと綺麗だなんて言うんは…イヤ。うち、お月様に嫉妬してもうたんです!!」
耳まで真っ赤に染め、春代は俯いた。

「ぷっ、ははは」
愛妻の可愛らしい勘違いに、思わず吹き出してしまった。
「ちょ、ちょっと!いくら旦那様でも、笑うなんて酷いやないですか!!」
「いや、ごめんごめん。」
握る手を振り払い真
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