戸惑う悪夢の回想

色取り取りの道化じみた飾りの中、ざわめきは女の一言で一気に静まりかえり、有象無象の見世物で熱気が溢れる移動式テントは困惑に包まれている。
山々にへばり付くように建てられた城の、中庭に据えられたソレはそれほど大きい物では無かったが、享楽で圧縮され熱が籠った空気が今度は破裂しそうに重苦しく膨れ上がる中、再び女が事も無げに口を開いた。

「何も、後宮へ仕えさせろとは申しません。ただ一夜お情けを」

きっぱりとした口調で、いっそ清々しさをも感じられる声音に、何を求めたのかを瞬時には理解できなかった臣下達が我に返り『何ぞ馬鹿な事を』と先ほどの芸を見ていた時の羨望の眼差しとは真逆の、呆れた果てた顔で周囲と囁きだす。
無礼な!等と叫びだす者が居なかった為『我が家臣達は中々にして統制が取れているな』と思考が現実逃避の為に明後日へと流れそうになりながら、ステージ中央で艶やかに立つ女の紅い瞳から目を離さないまま真正面に座すのは、二十代半ばかという男。

神が寵愛した古の勇士もかくやと思うほど顔立ちは整っているが、何処か愛嬌のある男ぶりと、月の光の如く柔らかい色の金糸は秀でた額を顕にする為か後ろに流して首もとで括り、空を映した湖のように深いコバルトブルーの眼は英知を湛えている。
動きやすいように縫製されてはいるが髪と瞳の色に合わせて青と金が基調の豪奢な布で作られた衣服に包まれ、薔薇の花も彼の前ではその美しさを恥じてしまうと吟遊詩人が褒め称えた事もあるのを生涯の恥としている彼は、連なる山々を制し堅牢な守備とその標高の高さから、大陸の番人もしくはカカクルドの傘と呼ばれるドゥトーチ国の王である若き賢獅子王、ルードウィック・エル・ミル・ドゥトーチであった。

ドゥトーチは特殊な土地である。
カカクルド大陸のほぼ中央、東西南北の大国を分けるキリク連峰にあり、山頂付近にゆくにつれ万年雪が、そうでなくてもゴツゴツとした岩肌が露出した斜面の多いそこは、それぞれの国がそれぞれへ貿易あるいは侵攻する時には必ず通らなくてはいけない山間の要所で、歴代のドゥトーチ王達は輸出入などの友好的な親交には厳しい山を越える為の足掛かりとなるように、豊かな知恵と文明で山の上とは思えない程整備され過ごしやすくした国を開き、己が国の利益や独裁の為の侵攻をしようものならば、その特殊な地形を生かした要塞で、鋼の針一本も通さぬ厳しさを持って諌めた。

そんなドゥトーチの今世の若き王は賢く、しかし庶民派で洒落者であった。
成人の儀を行う遥か前よりフェミニストを語り、皇太子時代は帝王学を学びながらも市井に繰り出しては庶民の遊びを嗜み、ナンパを行ったり酒場で酔いつぶれては父王の私兵たちに連れ戻され、取り巻き(王は親友と呼んでいる)と共に父王自らの説教あるいは鉄拳制裁を行使されていた程だ。
皮肉にも、それら数々の悪行や世間慣れをしたお蔭で父王が急逝した後の混乱を強かに乗り越え、ドゥトーチに彼の王ありと言わしめる程に政の手練れになったのだが・・・。









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一刻後。

たっぷりとシルクが使われた天蓋付きのベッドは、壁に描かれたフラスコ画の色彩の中でも異彩を放ち、乳色の繭のような形を成して王を包み込んでいる後宮の寝所、そこで歴代のどの王にも見劣らないと噂の、賢く国民の為に正しくあろうとする王が、困っていた。

困る等と生ぬるい表現を打ち崩すかのように秀麗な眉を顰め、ため息を吐き悩む様子は、宮廷絵師が見たら自ら筆を執らせてくれと懇願する程に美しく、逞しく男らしい体躯が湯あみをして香油を纏い、薄布一枚でベッドに座した姿は淫魔の類で無くとも下腹が潤い、ぬめった愛液を股の間に吐き出してしまいそうな程壮絶な色気を放っていた。

王は先だって鮮烈に脳に刻み込まれた記憶を辿る。
女は『夫が居る魔物が不義を行うと申すは如何してか』と言う王の問いに、『ワタクシの意は夫の許す所でございます』と何も悪びれた所もないように堂々と答えた。
ナイフ投げの夫は横で、妻の答えに笑顔で頷き王と目を合わせるとニカッと無邪気な笑みを浮かべたので流石の賢王もたじろいでしまう。
街の女性たちを口説いていた軽薄を装う彼の唇も、こんなに堂々と人妻との同禽を許されたのでは滑りが悪くなってしまったのだ。
すでに、褒美を・・・等と口にした自らを馬鹿だったと心中心底責めている王は直後、一座の座長を務める男の一言で陥落したのである。

『公明正大なドゥトーチの王ともあろうお方が、半刻も立たぬお約束をまさか反故にいたしませんよね』

髭面だが小男で、ニコニコ笑顔で人好きのする丸顔の中にある目が笑っては居なかった・・・王の背筋に冷たい汗が伝った瞬間、王の首は縦に振れていたのだった。







「おまたせ致しました」


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