両想いというのは、素晴らしい愛の形だけれど。
どちらかが欠けるだけで、ハートは醜く歪んでしまう。
―ドンドンドンドンドンッ!
大きな音と共に、激しく揺れる玄関の扉。
地震ではない。あの薄い板の向こうに、戸を叩いている人物がいる。
彼女が来たのだ。僕の家に上がり込もうと、また今日も…。
―ガチャガチャガチャガチャ…。
狂ったように回転するドアノブ。
しかし、いくら回そうと扉が開くことはない。
鍵を掛けているからだ。押そうが引こうが、びくともしない。
「ダーリン、ねぇ、ダーリンッ! 開けて! 開けてよぉっ!」
…聞こえただろうか。今のが彼女の声だ。
断っておくが、僕は彼女の恋人でもなんでもない。
1ヶ月ほど前に初めて出会った、知人程度の関係だ。
しかし、彼女は僕のことを『ダーリン』などと呼んでくる。
ご覧の通り、立派なストーカーである。重度のストーカー。
僕の中のイメージでは、ストーカーというのは男性がなるもので、
想い人の後をひっそりと尾けたりするような存在だと思っていた。
しかし、彼女のストーキングは非常にアクティブである。
ああやって毎日家の前まで来ては、親の仇のようにドアを虐める。
そして、何度も僕を呼ぶのだ。家に入れてくれ。自分と会ってくれ、と。
「開けてってば! 開け……あっ、扉の隙間から、ほのかにダーリンスメル…
#9829;」
…荒い鼻息のような音が聞こえるけれど、話を続けよう。
まず、彼女が何者であるのか。
もし人間だったのであれば、僕も幾分かは救われるのだが…
タチの悪いことに、彼女は魔物…ダークスライムという魔物なのだ。
魔物といえば、人間の男を攫って伴侶にするという、押し売りの恋を生き甲斐としている生物。
連れ去られた男性は、自由も許されず、常に魔物とまぐわい続けなければならないと聞く。
そんな恐ろしい相手に、少しでも心許そうものなら、たちまち僕の人生は終わりを告げるだろう。
ハッキリ言おう。僕は普通の恋愛…人間のお嫁さんが欲しいのだ。
いくら魅力的な身体をしていようとも、魔物との結婚なんて御免こうむりたい。
「ダーリンの匂い、良い匂いだよぉ…
#9829; 汗の匂いが堪らないよぉ…
#9829;」
しかし…こんなことになってしまった原因が、僕にあるのも事実。
1ヶ月前、僕は近くの森を気晴らしがてらに散歩していた。
すると、教団の人が仕掛けた罠に、魔物が引っ掛かっているのを見つけたのだ。
顔立ちの良い男性を模した裸像を前にして、シビレ罠に捕らわれた彼女を。
最初こそ、僕はすぐにその場を離れようとした。
小うるさい教団の連中にも、恐ろしい魔物にも関わりたくなかったから。
けれど…「助けて」と乞う彼女の声に、良心が揺らいでしまったのが運の尽き。
愚かにも僕は、人類の敵である魔物を罠から外して、自由にしてしまったのだ。
「ふにゃあ…
#9829; 興奮してきちゃう…
#9829; ダーリン…、ダーリィン…
#9829;」
それからというもの、彼女は僕にしつこく付き纏ってくる。
1日の内の半分は、僕の家の前で過ごしている彼女。それも毎日。
扉を叩いたり、匂いを嗅いだり、勝手に興奮したり、他にも…。
「ダーリン…、私、もう我慢できない…っ! お邪魔しちゃうねっ!」
彼女の一言に、僕は慌てて傍らに置かれた鍵を手に取り、扉の前に立った。
ドアノブの下に目をやると…そこに取り付けられた小さな鍵穴から、
紫色の物体…彼女の身体の一部が、家の中に侵入してきているのが見える。
その先端には、何やら目と口のようなものが付いていて、とても奇妙な形相。
笑みを浮かべる彼女の一部を、僕は強引に鍵の先端で突き、穴の中へと押し戻した。
「いやぁぁぁんっ♪ ダーリン、イジワル〜
#9829;」
そして聞こえる、歓喜の声。
変態だ。まごうことなき変態だ。
…このように、隙あらば彼女は鍵穴から入ってこようとする。
スライムという特性を存分に活かした、音も無き不法侵入。
おかげで僕は、心安らかに眠ることもできない。休まる暇がない。
いつ彼女が家の中に入ってくるかと思うと、気が滅入りそうになる。
僕は鍵を引き抜いて、どっかりと席に着いた。
別に挿しっぱなしでも良いのだけれど、何かで固定しないと、
彼女の側から鍵を押し出されてしまうので、結局意味がない。
更に残念なことに、鍵を固定できそうものは、今この家には無い。
おまけに食料も底を尽きそう。家を出なければならない時が迫っているのだ。
「でも…ダーリンに硬いモノで突かれて、私…
#9829; キャッ
#9829;」
保って、あと一週間だろうか…。
それまでには、どうにかして外に出る方法を考えなければいけない。
いや、出るだけではなく、留守の間に彼女が
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