夏薫荒嵐

春は過ぎ、けたたましい嵐が訪れる。

僕はひとり、ベッドの中にいた。
夜を照らす光は、ちっぽけな僕を心底怯えさせる。
轟く雷鳴。少しでも逃れようと、毛布を頭まで被る。
でも、息苦しさに耐え切れず、すぐに顔を出してしまう。
それを待ち構えていたかのように、また、ピカリ。
一瞬だけ映し出される自分の部屋が、まるで異界のよう。
恐怖で目を瞑っては、好奇心が瞼を開き、繰り返す。

あとどれほど待てば、彼らは過ぎ去ってくれるのだろう。

雨が、屋根を打ち、窓を叩く。
止むことのないそれは、僕の臆病な心と似ていて。
ざあざあ、ざあざあ。土を洗い流してしまう土砂降り。
恵みの雨も、過ぎれば恐怖。僅かな勇気も流しゆく。

あぁ、怖い、怖いよ…。

シーツを握り締めて、僕は耐えるばかり。
お母さんも、お父さんも、同じ想いをしているのだろうか。
今、両親のベッドに転がり込めたら、どれほど救われるだろうか。
そんな隙があれば。雨が、風が、雷が、少しの間でも眠ってくれれば。
微かな期待は、天に届かず。届くはずもなく。届くとも思えず。
今は、ひとりぼっち。この小さな空間に身を隠すしか出来ない僕。

早く、早く止んでください。

早く、早く鎮まってください。

どうか、神様…。

……………

………



…ふと、気が付く。

自分は眠っていたのか、それとも、目を瞑っていただけか。
どちらかは分からないが、僕はゆっくりと重い頭を上げた。
外はまだ荒れている。僕を脅かす彼らは、今だそこにいる。
だというのに、旺盛な好奇心は、虚ろな視線を窓へと移した。

空耳だろうか。
嵐の唸りに混じって、音が聞こえたのだ。

恐ろしい現実から逃げようとする僕を、引き止めたもの。
ガシャン、ガシャンと。雨粒よりも大きいものが、ガラスを叩く音。
僕は目をこすりながら、暗く染まる窓を見た。よぉく見て、よくよく見て。
しかし、何も見えず、闇ばかり。こんな闇夜は、狼さえも出歩けない。
気のせいかと思い、僕は再び眠ろうと、毛布へ潜ろうとした…。

その時だ。
眩い雷光が、暗闇の世界を照らし上げ。
僕は、窓枠にへばり付いた人影を見たのだ。

…再び戻る、暗黒。遅れてきた雷鳴と共に。

噴き出る汗。あれはいったい何だろう。
強張る身体。あれは何をしに来たのだろう。

答えが出るよりも先に、また、奇妙な音が聞こえる。
キィ…と、何かが軋む音。扉を開けた時の音と同じ。
音がなくとも、何が起きたかは分かる。目の前で起こっている。
開きゆく窓。合わせて、大きくなる唸り。部屋に嵐が吹き荒れる。

先程見た何か。それが部屋の中へ入ってきたのだ。

探そうとする僕を、突風が邪魔をする。
思わず目を瞑ってしまうほどの強い風。顔を逸らし、手で塞ぐ。
ごうごう、ごうごう。追い詰めるように、身体を押して。
僕は壁に背を付きながら、必死でそこにいる何かを探した。

―くすくす♪

そんな僕の耳に、少女の笑い声が届いた。
幻聴だろうか。それとも、嵐が作った悪戯な音だろうか。

いいや、違う。
気が付けば、顔の前を塞ぐ指の隙間から、それは見えていた。
少女の顔が。頬笑みを浮かべる、僕の同い歳くらいの女の子が。

僕は今度こそ、肝が潰れるかと思った。
怯えて上げた声は、すぐに雷の轟音で掻き消され。
届かない。助けでもあるその声は、誰にも届かない。
目の前の少女以外には。僕と、彼女以外には、誰にも。

―あたしが怖いの?

彼女の言葉は、嵐の中を貫くように、ハッキリと。
その姿は、蛍の光のように、闇の中に淡く映って。
僕の耳に、目に届く。幻想的な少女の声、姿形。

人間には見えない。人間じゃない。確信が僕を打つ。
でも、動けない。逃げられない。恐怖で足が動かない。
必死に手使い下がろうにも、後ろは壁。前は少女。
絶体絶命が僕を包み、それが形となって、目からこぼれ落ちる。

―ありゃりゃ。泣くなよぉ、こわがり〜。

こわがり。その通りだ。
嵐が怖くて、彼女が怖くて、どうしようもない。
命だけは取らないでと、ただ泣くことしかできない。

そんな僕へ対し、怖い彼女は、何を思ったのだろう。
僕の頬に伝う滴を、ぺろり。舌を這わせて拭い取った。
もう片方の滴も、ぺろり。頬から目尻まで、撫でるように。
その行為に、僕は、雷の音を聞いた時よりも驚き、呆然とした。

―ほら。泣いてないで、イイコトしよっ。

そう言って、彼女は僕の耳に、優しく息を吹きかけた。
ふぅっ…という音と共に、ぞくりと身を駆ける、寒気に似た何か。

彼女の吐息は、まるで生き物のように僕の身体を撫で進む。
首筋をくすぐり、背中を抜けて。お尻に触れ、足を撫でて。
そして不思議なことに、服がするりと僕の身体を離れていった。
小さなつむじ風に運ばれて。宙にふわりと浮か
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